仙台は古本屋が充実。キャリーバック半分が本になるという…。
仙台は古本屋が充実。キャリーバック半分が本になるという…。
ですねえ。現物は劣化も激しくて…
おおお。花粉ですか?
海外版については、本も少なくなりそうだから、電子で入手するのが一番かもしれませんね。僕もチェックしてみます!
投資がとか、制度をズルして使いたいみたいなことを言っている人たち、本当許せないわ。モラルハザードの可能性はあるし、ごく少数の人たちがやっていたのだろう。それがライフハックとか、住宅ローン減税と同等とされて、アホかとしか思えない。なんだか世も末である。
twitterランドが本当に頭が悪くなってきているので、本音はまともなblueskyに呟いていこうかな。
日本学生支援機構のページを見ると、教育の機会均等を経済的理由で高等教育が受けられない学生を支援するために学生ローンはあるとしていて、かなり厳しい案件がある。1990年代までは免除職がありましたが、そういうのは一部だけになり、成績が加味される競争的な減免となった。
連帯保証人なので、機関保証とれない場合は親族に向かう。結構な額になるので、本人が払えなくて高齢の親が詰む話も結構あった。18歳の段階で、書類を書いて借金をするこわさも踏まえると、借金などしないで済むならそうすべきなんだけど。
奨学金(学生ローン)の首相答弁は、モラルハザードの可能性がある(生活費や学費に充足しないで、投資に回す人たちがいる)というのはあるだろうけど、絶対的にそういうことをやる人は少ない。それに対して、「学生ローンの所得控除はお得だから絶対制度を悪用する奴が出る」「無利子あるいは低利子でお金が借りられるなら、お金をプールして投資に回す」とかいうことを主張する人々が擁護に回り、ついにここまでバカばかりになったかと思った。教育の機会均等のためで、今の経済状況で現実的な軽減策として所得控除という話が出て、首相の返しが「制度を悪用する奴がいる」だからもう、生活保護のときと同じ雰囲気が生まれいて嫌だ。
ジョン・ブラナーそんなにあるんですか?びっくり。しかしすごいペースで洋書読まれていてすごいなーと思っています。
ブラナーハヤカワのをぼちぼちと読んでいますが、割と経済とか取り扱っていて好きです。
ひさびさに。すけきよさんち。美しい本棚と蔵書たち。
twitter調子悪いみたいですね。坂爪真吾さんの新刊を読んでいます。『モテない中年』(PHP新書)
毎回ソースを貼らないといけないという。
政治経済方面、長文書く方向にシフトしていくか。たぶん読まないから。
twitterランドはだんだん民度低くなってきているなと改めて。ある新書の内容を紹介したら、「紙のAERA読むなんて、何の恥じらいも無く」みたいなことを言われるので、インテリは嫌われているなーと思うのと、ネガティブレスには変な反応しない方がいいというのがわかってきた。
ありがとうございます。倫理感で訴えかけるよりは、コスパで考えるのが裏金問題が、我々の生活に関わっていることがよくわかります。
議員の裏金問題がいかに自分たちの財布を圧迫するか、について簡潔に解説しているので、ぜひ「要約」せずに読んでほしいnote。
稲田豊史『本を読めなくなった人たち』(中公新書ラクレ)は、読書が趣味というのが本当にマイノリティに転落しているということを強く実感させられる。若者を中心に聞き取りを行い、非読社会に陥った日本の現状を読書という行為から紐解いていく明快な渾身のノンフィクションである(著者も3年以上かけて書いたとのこと)。
今の世の中がどうしてこんなに長文を読むという能力がまさか限られた人たちのものになりつつあるとは思ってもいなかった。我々の環境はすでに無料で膨大なテキストを読める状況になっており、わざわざ文章に対してお金を支払うということを選択する人たちが減少している。皆長文読めなくなっているんだなーと。
読んでいただきありがとうございます。まさに余裕が失われていく方向に舵が切られてしまい、人々は雰囲気やアテンションで決める世の中になりました。そんな中で自民党の維持する制度が裏金を生み出し、我々の選択肢を奪っている現実はまさに政治のコストだと感じています。
児童書。
裏金問題、倫理的にもアウトなんだけど、コスト問題に落とさないと理解できない気がしたので、noteに書いてみました。
note.com/dawncloser/n...
そうなんですよ。「可哀そうなお前たちを啓蒙してやる」「批判ばかり」というのではなく、「我々はみなで考えて、それに寄り添って旧来の自民党に代わる夢のある代替案を提示します」という形で、イメージ戦略では上手(金もリソースも)の自民党に対抗していくしかない。ハッシュタグの打ち方も考えないといけないですよね。
無党派層やふんわり支持している層にどんなヴィジョンを示せるかが問われるのではないかと思います。今回は、一番ダメそうなおじいさん二人が出ていて、高市さんのイメージよりも悪かった。中道は西村さんとか一気に変えないと無理でしょうね。
資産を自己責任で管理していく世界になってしまいました。裏金問題の議員が決まるし、ここ数年のコスパタイパ社会化がこれまであった倫理観や道徳を吹き飛ばしたように思いました。社会の『アメリカン・サイコ』化みたいな。
品切れ間近なようなので、今のうちに(興味があれば!)。
中道には「今回は、私たちの伝え方と戦い方が足りなかった。次は、勝てるような戦略を立てる。」と言い切ってもらいたい。
さてよほどの経済失政がない限りはこのままいくので、民主制のコストと効率性の蔓延る世界でどう生き抜くのかを考えていこうと思います。
加えると、専門家の軽視が進行し、AIでさらに強化された感じでしょうか。効率性やコスパが重視され、自分の手で体験するということは重視されるものの、知の方は正直厳しくなっている。最近読んだ『アメリカン・サイコ』と伊藤計劃の『ハーモニー』の中間地点ぐらいに今世界は差し掛かっているように思っています。ハーモニーの「善意と安定の名の下の最適化」とアメリカン・サイコ的な
「誰も異常だと思わなくなった状態」なので、野党は「別の均衡点が存在する」ということをナラティブに提示しないといけないのでしょうね。
石破さんのときには裏金問題はきちんと問題になり、国民の関心も高かったのですが…。高市さんは尊敬するサッチャーのやり方で、中国との対立を引き起こし、嫌中が蔓延っている中で強いリーダーという印象を与え、選挙時期を考慮しないやり方で若者~中年層を取り込んで勝利した(特に東北、北海道は行けなかった人も多かったのでは?)。安倍政権あたりからのネット戦略、熟議を回避し、強いリーダーに対する全権委任など、事実上の大統領制みたいになってきていて、実に危ない感じになっていますよね…。これはなかなか、厳しい。
今回の選挙を見ていて、選挙というものに対するギャップが大きくなってきている。対立から協調中心だから、基本的には上が決めたことに従う。政策なんか見ておらず「やってくれそう」「いじめるのは良くない」「老人は老害である」「戦争はやったもの勝ち」「みんなでいじめしているのは良くない」という雰囲気だけで決まる世の中になった。不満は外へ。まさにサッチャーさんがやった流儀だ。
ということを踏まえて、ネット戦略を立てていかないと野党は本当にどうなるかわからない。正直民主制のハックがここまで進行して、みんな何も考えていないのがよくわかった。どうしょうか。
だいたい以前noteで書いたようなことになった。不快か快かで決まる世の中になりつつある。理性よりも感情か。
危なすぎですよね。まじで。