『7人のイヴ』第三部にある、ソーシャルメディアの利用を悪徳と見なす文化って、ちょっとアリな気はするんだよ。それで救われた人もいる部分をどうするかって問題はあるけど。
『7人のイヴ』第三部にある、ソーシャルメディアの利用を悪徳と見なす文化って、ちょっとアリな気はするんだよ。それで救われた人もいる部分をどうするかって問題はあるけど。
"──では、消し去りたいものは?
ソーシャルメディアです。
──すべてを……?
社会にとって本当に役に立っているとは思えません。"
wired.jp/article/sz-t...
Claude Code君、しばらく見ない間にagent遣いが上手になって、賢すぎでは?
ささくれが痛いでござる
mainichi.jp/articles/202...
高額療養費見直しなどで社会保険料年2200円減 厚労相が見通し | 毎日新聞
社会保障削減派の人にも聞きたいけど、年間2,200円でこれはどう考えても残した方がよくないですか 年間
2,200円分の追加でここまでなんとかしてくれるコスパいい保険、他にないんですよ
確定申告書等作成コーナーがダウンしてるとさー、その直前の入力が吹っ飛んだりするわけさー。こう頻繁に落ちるなら、延べダウンタイムの2倍くらい申告期限を延ばす措置があってもいいんじゃないかな。
これを比喩として読むと誤りで、極論に対して反対の極論を示して真実は様々な要因を考慮した上での中間にありそうなことを示す論なので当然にそのままは当てはまらないでしょう。強いて近づけてみるなら、小学館の話は現役漫画家であることによる志願者に対する権力を行使して罪を犯した疑いの話なので、「竹田君は名医だったけど、それによって得た大学病院内の地位を用いて性暴力事件を起こした。その地位にいたままでいいか」ぐらいのほうが近くないでしょうか。
理解者
#一次創作
小学館の件で枝分かれした話題でちょいちょいと「一度罪を犯したら人生終了になるような世の中なんて~」みたいな話が聞こえてくるんだけども
それについて説得力を感じたのは、フォロイさんの行っていた
「罪を犯したらもう生きていけないなんて世の中はそりゃ駄目だと思うけど、少なくとも脳外科医の竹田くんが執刀し続けるような世の中も困るだろ」的な言説でした
国立の博物館が独立収支なんてあり得ないだろう。どこの国がそんな狂った制度でやってるってんだ。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260304-GYT1T00003/
$cLt7r 「稼げ」の前に問うべきは寄付税制の設計だ。米国の国立館が成立しているのは入館料ではなく寄付控除が強力だから。日本は企業が文化施設に寄付しても控除が貧弱で、構造的に民間資金が流れない。支出を絞る話の前に、入口を作る話をしろという指摘は正しい。
分野によっては著作権の法的な所在地を出版社としたりもするので、出版社と著者名の組で登録できてもいいんじゃないかな。同様にPixivの所在地とpixiv user idで登録できてもいいんじゃないかな。
包括的なテストコードがあれば短時間で Slop Fork (AI による雑フォーク)作成が可能であると分かってしまった結果、テストコードを非公開にする OSS が出始めた。
テストコードが Slop Fork のような形で使われてしまうようになったのは、なんというか、大変悲しい。こんな形でテストコードが使われるところを見たくはなかった…
github.com/tldraw/tldra...
というわけで、納税者が勝ち取った権利である確定申告を完了したぞ。
ミスをしたあとに、時間を表すワードを入れるとそれっぽくお洒落になるというライフハックを発見。「乗り換えを間違えた」ではなく「乗り換えを間違えた、午前8時12分」や、「ビビンバをこぼした」ではなく「ビビンバをこぼした、冬」として、何とかくらわないようにしている。
人間としての扱いが脅かされるところで鬼を生み出す構造が社会にあり鬼殺隊も社会の一部であるという視点が語られないと、こういう理屈を持ってる悪役に対峙する姿勢がどこまで行っても私怨や相対的正義の間の抗争でしかなくなる。
私からみたら童磨はまごうことなき邪悪だけど、これが悪役扱いの鬼滅がどうして世間で受けているのかは納得がいかない。みんな大いなるものに命を捧げて永遠になるの大好きじゃん。それが否定されてていいんか?
まあ実際フィクションのキャラクターとしては魅力的だし、悪役萌えみたいなのはあるんだけどね。
それをなんと呼ぼうと、不変データ構造や目的に対して適切な型システムやシステムを段階的に構築する設定可能で再利用可能なモジュールが大切で、だから過去の一部の慣習が間違っていたことは確か。そして対象ドメインに沿った未来の変更に耐えうる構造の発見が大切なことには変わりなくて、それをOOMと呼ぼうとなんと呼ぼうとどうでもいいよ
今更の記事を読んだけど、オブジェクト指向とか関数型とかもうどうでもいいよ。クラスでもオブジェクトでも関数でも部分適用でもクロージャーでも好きに呼んだらいいじゃん。
テレビ報道の数秒くらいの切り抜きだと、何かよくわからないけど何かを確固たる意志ではっきり述べてる感じだったじゃないですか。その前後の数分のやりとりを見なければ。
ここで無意味文は出て来るけど非文は出ないあたりは興味深い
そこで見た詩や文や情景を持ち帰るのはとても難しいのだけど、そのときに無理に覚醒したり極端な睡眠不足状態にしたりアルコール摂取したりすると可能なことがある。イド掘りと称してやっていたことがあるけど、あれは心身の健康に悪かった。
無意味文であることの判定や、聞こえる音の楽器の判定やフーガであるという認識をする思考はできるんよな。
眠りに落ちる直前に、おそらくは意識の統制が解ける結果として面白い詩文や散文が湧き出続けることがあって、特に「色無き緑の考えが猛烈に眠る」的な無意味文が眼前に浮かび続けるのは面白くて好きだ。
昨夜は何故か、文ではなくて聞いたことのないフーガだった。
前に何年か運用した経験上、.git内のファイルやディレクトリを適切にsymlinkに変えてやるとちゃんと別ブランチを別ディレクトリで作業できるんだけど、worktreeがそうしなかったのはもう少し安全にいろんな操作を提供したい的な理由だろか
推しの子はYJじゃなくて花とゆめコミックスの手法で読んでみたかった気もするのう。YJの文脈であそこから収束させるには、ああするか、あかねをカミキの犠牲にするとか展開が限定されそうだけど、花とゆめならあかねと共に堕ちていってもいいし、もう一悶着起こして有馬とくっついてもよかった。
花粉のせいか、とても頭が痛い
小学校で議論を尽くしたか否かは生徒の人生全体に影響する。
このブログ記事いいよ。10年以上前のものだけど、これ以上良い説明をオレはまだ見つけられてない。
miyakichi.hatenadiary.jp/entry/201201...
年末調整をなくすシングルイシュー政党が出てきたら投票しそうなぐらいには否定的。