あつ森をやってた時からけっこう時間が経って私の趣味も変わったので島のことけっこう変えたいな
あつ森をやってた時からけっこう時間が経って私の趣味も変わったので島のことけっこう変えたいな
久しぶりにあつ森やったら楽しかった。確か前は島クリがうまくできないことに、うまくできないもん!になってやめたんだったが、うまくないなりにやればいいじゃん。と思って道を広げたりして遊んだ
すんごい久々にやったワ
ぽこあポケモンやりたさをあつ森にぶつける
パラスの自我乗っ取られるのほんまに悲しい。やめてください
サラダチキンの嫌な匂いが消える
青梗菜を一株チンしたやつにちぎったサラダチキンをあえ、茹で卵をのせ、ごま油を垂らしたやつイイ
カニのハサミの方が目立つけど残りの足の方が細々動いてるなぁと
かなり蜘蛛っぽい
サワガニの動き方ってけっこう虫っぽくて可愛いな
これ名前忘れたけど美味しかった。パンがさっくり軽くてうまい
🍞
だから全然違う意味になっちゃうの知ってても、どこかでどうでもいいな〜と思っているのかも
音が違うのはわかるんだよ。で、一部はその音の出し方も習得してる。でもどこにアクセントがきて上がって下がるのか?がわからないんだよな。前の音と比べて上がったか下がったかなんて人間の声程度ではちょっと難しくてわからない
どうでも良くなる理由として、そもそも語尾の上がり下がりの分類ができないんですよね。
習得してるものはある。質問の時はこういう音にしないとだめ。みたいな認識は持ってるけど、質問と言い切りの末尾の音を上げるか下げるかというのは聞いても分類できない(わからないから)
あとラジオ聞いてて思ったけど、私はイントネーションのルールにあまり(というか全然)興味がないかもしれない。どうでも良くないことは知ってるがどうでも良いと思っていて、なのでどれに対しても上達しないのではないか、と
馴染んだイントネーションと違うと「おや」とは思う。でも私がそもそもうまく発音できないので他人様のことは言えない……がある。自覚的だろうと無自覚だろうと含まれる「見下し」の方が重要な要素になってくるかな
だからイントネーションが違う。みたいなのはあまり気にならず、逆にネットで使われがちな「死ねどす」みたいなやつの方が嫌いなんだよね〜ちょっと潔癖かなとも思うけど……
これはラジオでも言ってたことだけど、イントネーションとか言語ルールに厳密になりすぎると排他的になるし、私はイントネーションの習得が下手なので「エセ関西弁」は「馬鹿にしてるなぁ」が強くないとあまりイラっとすることはないな
常に「正解」のコミュニケーションの型というのはなく、(正解したかったら)かなり場によって変動を求められるのではないか。とか、言語行動が人格と結びついて見えやすい「感じ」とかを考えてそこのところが面白いなと
だからメインはあんまりわからない回だったけど、前聞いた回と合わせて考えて、最適なコミュニケーションというものはかなり「場(ここでは地域のこと)」によるんだな。ということを考えてそれが面白かったです
私はボケを拾えず投げられず、拾えたとして適切なツッコミができないから事故る確率を減らしたいというただそれだけの理由でボケツッコミコミュニケーションを捨てめに生きています
ゆる言語学ラジオのこの回ではボケのことを利己としているが、私はそれは違うとも思う。ボケはウケを狙っているのではない。と考えている。いや多少は狙ってると思うよ、でも「オモロと思われたい」は本質ではなく「相手の気分をほぐしたい」とかだと思う
でも私はうまくできないだけでボケとツッコミのことは挨拶とかの仲間だと思ってはいる。オモロのためにあるのではなく「礼儀」としてあるのだという感覚があるのでそこだけは理解できた
ボケとツッコミと礼儀の話はわかるんですよ。でもじゃあできるかというとできない。そして会話を盛り上げ楽しい雰囲気にしなければ。もない。でもこれって言語行動の話なので関西外の人から見たら私もやってるのかもしれない(やってないかもしれない)
ゆる言語学ラジオの関西弁の本質は利他である。のやつ、私は関西人だけど「ツッコミ」やらないな……と思った。じゃあ「ボケ」はするのかというとそれもしないな……となり(ただ確実にツッコめるところとボケられるところではやっておいた方が「礼儀」だな。とは思う)更に、会話を盛り上げなくては。もないなとなり、違いすぎて面白かった
今日行ったカフェの店内がすごく素敵で、座った席から店内を一望でき、とても良かった。近くにあったら間違いなく通う
ヒジョーにいいにおいの香水を見つけたのでお金貯めて買いたい
Switch2欲しいッッ