8年前は帰りの飛行機を乗り逃しているので、ニューヨークとぼくの飛行機との相性が悪過ぎるのだろう
8年前は帰りの飛行機を乗り逃しているので、ニューヨークとぼくの飛行機との相性が悪過ぎるのだろう
ニューヨークで『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を観て、そりゃもう楽しかったのだけれど、暴風雪予報で飛行機がキャンセルされまくってて果たして帰れるか。行きもメンテナンス不良(!)でキャンセルされたし。最悪陸路で帰れるけれど苦行すぎる。
近年岸田戯曲賞まっったく追っていなかったけれど、良いコメディがちゃんと評価されたようで嬉しい(とはいえ戯曲読んだ限りでは蓮見さんもっと良いもの書けるのではと思ったけれど)。つくづく鎌田順也の早逝が悲しい。ケラさんはずっと評者にいて良かろうと思う。
新しいルームメイトが川口智子演出の『4.48サイコシス』の公演を手伝っていた人で、驚きつつも、観てないと思います…と言ったが日記見たら観に行ってた。何を観て何を観てないかなんて本当に思い出せないしそもそも大したことじゃないのかもしれない。
髪が自己最長のせいかわからないけれど、おばあさんに、マダム、と声をかけられてウケた
急に選挙すると言われてもそんな準備してないし最初から在外投票間に合わないスケジュールなんですよ。こういう問題の当事者になるとはね。普通にシステムの欠陥でしょう。とっくに解決できているはずの。
冬になるとみんな陰湿になるって聞いてたけど、かなり本当だった。
ここに住む日系人は日本人の価値観の都合のいいところだけを持ち込み日本じゃ炎上するようなだらしなさがあるのだけれど、ケベック全体もまたフランス的ルーズさを持ち込みながらも洒脱さは取り込まなくて陰湿!
ケベック州、電話は非通知でかけてくるから出れないと折り返せなくて、何で電話出ないの、と鼻で笑いながら文句言ってくるが、一方でメールに関しては割と重要な内容をCCでまとめて送ってくるし、送られた側の誰かも全員返信しちゃうし、めちゃくちゃ。公共機関とはこういうものなのだと思い起こさせてくれてありがとう。
コメディ・フランセーズで『かもめ』観たのだけれど、学部生の頃に山ほど上演観たし批評も読んだし戯曲ももちろん読んでるのに、全然覚えてなくてショックだった。終盤になって、あぁそういえば死ぬんだった、と思い出す始末。変則的な上演ばかり観ていたのか?演劇への感性が鈍りすぎている。
ちょうど20年前、パリに向かう飛行機で、従姉妹と弟と、やたら面白い映画が機内マシーンで観られる!と大盛り上がりしてこぞって観たのが『スタンド・バイ・ミー』だったな。そういう記憶の奥底に眠っているものを思い出すことが最近多い。
劇場で当日券を買うため何とかフランス語を話していたけれど、金額と席の話で数字に混乱して、英語で言い直してもらった後、席を確保して苗字を伝えたら「日本人ですか?」と片言で話してくれて、どうやら少し勉強しているらしく、「あなたのフランス語は上手です!」と上手な日本語で褒めてくれたけれど、混乱して英語で返したし、最終的にはフランス人による日本語と、日本人によるフランス語という片言同士の会話になった。
治安の悪い地域を通ったら白昼堂々怪しい取引をしているし、噂には聞いていた「ミサンガ売り」に手首を掴まれて普通に痛かったけど、いい上演を観られて帳消しです。クレール・ドゥニの映画に『パリ、18区、夜。』というのがあって、何でもかんでもパリを付けるなよと思いつつ(原題は「眠くない」)、なるほど移民が多く犯罪率が高い夜の街なのね、と身をもって納得。でもまあ、そういうエリアに近づかないようにしましょうというありきたりな警告もまた理にかなっているのだなぁと。
パリに来ると途端にフランス語が聞き取りやすくなるなあなどと思ってしまうのは、そもそもケベックの訛りこそが伝統的なフランス語で、そこに入植や独立などの歴史が絡んでいるので馬鹿にしたくはないが、聞き取りやすいものは聞き取りやすい。
大自然を観光源とした国で生活したら大自然が多少好きになると思っていたが、結局逃れられぬ都会好き。あと、住んでみることで関わった日本人コミュニティが、言わば閉鎖的で、偶然会うこともしばしばあるし、陰口を叩くのはまだ良くても本人に伝わらないようにするとかそういうことができない「狭さ」なので、結構辟易してしまう(良い人との出会いももちろんある)。
パリが一番好きな都市などと言うと鼻につきますが、(東京を除いては)やっぱり一番好きだ。住んでも働いてもいないから言えることだと思うけれど。
まあでも些細な方です、何度も取り返しつかない方に人生動かしてきたので。失敗も成功もあるし。
まずその旅行決めたのも(さすがにギリギリ直前とかではないものの)直感なのでおしまい。
来月長い旅行が決まってるのに、人の仕事見て、あぁ〜経験にもなるしお金もそろそろ欲しいし、あ、待ってこの仕事したいかも!申し込もう!面接した!研修おいで!あ、でもカレンダー見たら旅行すぐじゃん、いつ研修して働くの?
そもそもの話、なんで急に仕事見つけようとして動いちゃった?タイミングどう考えても間違ってるのですが???本当に自分が疑問でならない。直感を尊重し過ぎてる。
絶対に予見できた、どう考えてそうなるのに、直感を後回しにできずにミスる、という人はもうすでに何百回もやったことを反省しても繰り返すので、自分と付き合い続けなければいけない人生大変。MBTIなんか…というのはさておき都合がいいので使うとあまりにも極端なIでNでFでPなのは診断せずともわかるほどで、何度だって呆れらるわ、自分に。
ありがとう〜もうこちらはめちゃくちゃ寒くなっているので穏やかに過ごします笑
注文したハンバーガーとポテトを一旦置いたままコーヒー飲んでたら、浮浪者らしき女性に、寄越せ的なことを言われて無視してたら、Cause I’m hungry って言いながらハンバーガーとポテト強奪された…精神的ショックが大きい。こんなんでもトラウマになる。公開を待ち望んでいたTWICEの映画をその後に観たので、ギリ心洗われた。
シルク・ドゥ・ソレイユを面白く思えたことがなくて、それは本拠地で観ても変わらなかったのだけれど、(今回は古代メキシコという)コンセプトがビジュアルにしか寄与していなくて、超絶技巧のパフォーマンスと関係ない位相にあるからだと思う。しばしば文化的盗用とも批判される太陽劇団は「演技」があるためにニセモノであることは前提とされるし、置き換え不可能(置き換えたら全く別のパフォーマンスになる)だが、K-POPにおける「コンセプト」という概念が音楽やダンスとあまり関係ないのと同じで、サーカスにおけるコンセプトは置き換え可能となり、盗用感も強まる。結果として、全く自由に演じられている幕間の道化劇が一番面白い。
別の話、感情を正しいかのことのように発露して共感を集めようとすると簡単に差別になりうるわけで、やはり批評は大事よね、という気になる。ただ、批評の元に集まる共感にも意味はなく、冷静さを残そうと努めることにのみ意義があろうか。
滞在記も密かに書き始めたのだけれど、こんな短期間で自分に何がわかっているかと疑問を抱くと何も書けない。ので、滞在記×TWICE論という妙なことをやろうとしているが、いよいよ何のためなのか。
10年間、国籍も違う9人がいかに関係を継続するか。その成功から学べることは多いはずなのに、ファンのエゴがどうしても目立つのが情けないところ。感情から適度に離れて語る批評が必要だな、と思うし、下手なりに書きたいのだけれど、果たして誰のため、何のためになるかはよくわからない。
先日TWICEの韓国ライブを配信で見たのですが、ジヒョの凄まじさが頭から離れなくてですね…。イヤモニが機能してなくてもハンドマイクで歌うし衣装がおかしくなっても関係なく踊ってるし最後まで走り回ってるし歌の迫力はあるし笑顔は絶えないしメンバーへのケアも忘れないし、鍛え抜かれた精神と身体の美しさと強さを知りました。
働いてもないしお金が消え行く一方だし、観に行ってガッカリするのが嫌でどうしても気になるのだけ行こうと思ってたのに、良い作品を観てしまって、もっと観に行こう…と思い始めてしまった。相変わらずギャンブルと一緒だ。
ようやく演劇を調べる余裕が出てきたけど(そんな場合でもないのだけれど)、とりあえず今月はピーピング・トムがあるらしい。
www.placedesarts.com/en/event/pee...