アジテーションとエンパワーメントはそんなに変わらない、みたいな話なのかもしれん
アジテーションとエンパワーメントはそんなに変わらない、みたいな話なのかもしれん
アジテーションは人を不条理に殺す行為の筆頭ですが、以外に思うことがないな……
以前、アジるだけアジって煽られた人間の生に向き合わない無責任な左翼たちのことを批判しましたが、ここで書いたことは高島鈴に対してそのまま当てはまると思います。高島は運動にとってなくてはならない存在ですが、その空疎で無責任な態度を厳しく批判しなければならないと常々思っています。
zineyokikoto.hatenablog.com/entry/2023/0...
高島の態度はJo Freeman のTHE TYRANNY of STRUCTURELESSNESSで批判されているエリート女性の思想そのものですよ。
www.chabujo.com/post/the-tyr...
「資本論の学習会に誘う奴らは全員セクトだ」という高島鈴の物言いは、高島の思想家としての質の劣悪さを証明するには十分ですね。恥を知れと思います。
高島鈴は思想家としては三流以下だが、アジテーターとしては当代随一である。
高島は東大のパレスチナキャンプでの演説で「アジテーターは詐欺師」だと言ったそうだが、よくわかっているじゃないかと思う。そして左翼の未来に必要なのは思想家ではなく詐欺師だ。高島自身が生き延びることに意味があるのであり、だからこそ「生存は抵抗」という嘘っぱちが力を持つのである。
コンバヒーリバー・コレクティブ宣言
5年前はお金がありませんでしたがなけなしのお金を投資してよかったなと思いました。
バトラーがハマスの抵抗を全面的に支持していないことがシオニストという謗りを免れない要因なのではないかと思います。もっとも、そのような価値判断は性急に過ぎるとも思いますが。
それはそれとしてバトラーがフランツ・ファノンの名前を冠する賞を受賞するに値するかは議論の余地があるのはそうかもしれない(バトラーは反暴力じゃなくて非暴力の思想家だし)。とはいえ何かと毀誉褒貶の多いバトラーは気の毒だ
ジュディス・バトラーがフランツ・ファノン生涯功労賞を受賞(死亡後の受賞者はチャールズ・W・ミルズ)したことに対してSNSで賛否両論が飛び交っている。みたところバトラーがシオニストなのかどうか(シオニストにファノンの名を冠した賞を与えるべきではないから)が問題となっているが実際のところどうなのか...
caribbeanphilosophy.org/frantz-fanon
We never talked about men or clothes. It was always Marx, Lenin and revolution – real girls’ talk.’ – Nina Simone
tribunemag.co.uk/2023/04/the-...
アルベルト・トスカーノとハーシャ・ワリアの対談。現代のファシズム運動における労働者階級の物質的役割は過大評価されている、というトスカーノの指摘は重要だろう。
www.tni.org/en/article/l...
No justice in a genocide: sexual and reproductive health and rights in Gaza
pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC...
一つ前の投稿と真逆になってしまった(笑)感もあるが、内容自体は実はほとんど変わらず矛盾しないと思う。対立するフェミニスト同士が「あれはフェミニズムではない」と反駁し合うのはフェミニズムの正統性をめぐる対立からくるものなので、どちらもフェミニストだしそもそもフェミニズムってそんないい思想でもないよね、というところから始めてもいいんじゃないだろうか。
ソフィー・ルイスのEnemy Feminismを書評したDayna Tortoriciの記事。TERFやSWERFはフェミニストではないのか、いや、紛れもないフェミニストだし、そもそもフェミニズムの歴史を紐解けば常に分断があったよ、という話。フェミニズムを「よいもの」とする前提から解放されるべきだという主張。
www.nplusonemag.com/issue-52/rev...
昔読んだきり内容を忘れていたが、ウィメンズマーチに向けられる不当な罵詈雑言の数々をみて改めて読んでみると、30年近く前の問題意識から著しく後退していると感じる。
x.com/zineyokikoto...
竹村和子『フェミニズム』と吉澤夏子『女であることの希望 ラディカル・フェミニズムの向こう側』がそれぞれ冒頭で話している内容が今日ではとても重要性を増している。要はフェミニズムは「女であること」から出発しているが「女であること」に拘泥し続けるのはフェミニズムではない(少なくともそのような"フェミニズム"は思想としての強度を保とうとしてもすぐに限界を迎えてしまう)ということではないかと思う。
記事によれば“The old world is dying, and the new world struggles to be born: now is the time of monsters”というフレーズがグラムシの言葉としてしばしば引用されるそうなのだが、前半部は"The old is dying and the new cannot be born"が間違って転載されたものではないだろうか。
×旧い世界は死につつあり新しい世界の闘争が生まれる
○旧きは滅びゆけど新しきは生まれ出でず
意味が全然異なるが...
グラムシの言葉として引用される「現在は怪物の時代だ」というフレーズが、実際にはグラムシが言った言葉ではないという。極右政治家の演説から、最近ではルトガー・ブレグマンの講演に至るまで、グラムシが言ってないこのフレーズがヨーロッパで流行っているらしい。
www.theguardian.com/world/2026/f...
シルヴィア・フェデリーチへの最新のインタビュー。1970年代後半までの半生を振り返る。
www.e-flux.com/journal/160/...
ヴェロニカ・ビーチがブレイヴァマン批判をしていたことを思い出し調べたが、残念ながらまとまった著作はUnequal Work(『現代フェミニズムと労働』の邦題で翻訳)以外は数えるほどしかなさそう。おそらく筋痛性脳脊髄炎を発症し教職から離れたことが要因と思われるが、一方でユニバーシティ・カレッジ・ロンドン病院の患者として患者の権利の擁護のため活動し、NHSの市場化に反対するなど晩年も精力的に行動していたことを知った。個人的にはこっちの活動に興味がある。
www.theguardian.com/world/2021/j...
某○x主義者の大先生とそのグループがブレイヴァマンを再興しようとしているが、彼らがマルクスとブレイヴァマンの理論を忠実になぞろうとするが故に、人々の政治的意識の解明とそのための実践がますます遠ざかっている。ここから得られる教訓は、社会運動の立場からいえば、一つの思想、一人の理論家にこだわることは避けるべきということだろう。
最終的にハーヴェイは両者の擁護に努めるのだが、彼らへの批判が真摯な問いから発せられていることを認めているし、両者の理論に根本的に欠落している部分があることも指摘している。最大の問題は、マルクスが『資本論』で労働者の政治的意識の問題を解明できなかったことであり、ブレイヴァマンもそれを理解していながら政治的意識を問うことを避けて通ることが賢明だと判断したことである(p168-169)(この問題に取り組んだのがE・P・トムスンだった)。
デヴィッド・ハーヴェイの本ってこんな早くから翻訳されていたのかと思いながら読んだ。
ndlsearch.ndl.go.jp/books/R10000...
マルクスとブレイヴァマンへの批判の紹介が参考になった。最近の労働過程についての論文がこのあたりの議論をまともに紹介してくれないのでまったくわからなかったが、リアルタイムで行われていた論争をハーヴェイがまとめてくれていたので助かった。
「社会運動で人間関係作って維持するためのコツ」は「とにかく足し算。引き算はしない」。いい言葉ですね。
父に「社会運動で人間関係作って維持するためのコツってある」って聞いたら「とにかく足し算。引き算はしない」って返ってきた
わかるような、わかんないような……
『生命の網のなかの資本主義』で知られるジェイソン・ムーアのセミナーが開始されるらしい。同書の理論を再考し「生命の労働理論」を展開する。
thenewcentre.org/seminars/cap...