「盗っ人猛々しい」という諺は、洋の東西を問わないと思っています。文化の違い? があろうと、『エヴァ』短編を会場で盗撮した「盗っ人」が「自分には盗む権利がある」と喚きたてる行為に、正当性のあるはずがない。対応ミスはそれはそれとして、「盗っ人」は「盗っ人」だという前提は念を押したい。
「盗っ人猛々しい」という諺は、洋の東西を問わないと思っています。文化の違い? があろうと、『エヴァ』短編を会場で盗撮した「盗っ人」が「自分には盗む権利がある」と喚きたてる行為に、正当性のあるはずがない。対応ミスはそれはそれとして、「盗っ人」は「盗っ人」だという前提は念を押したい。
「違法行為に対して別の違法行為で応じることはできない。それは人類の大惨事につながるからだ。」
「……私たちは、特に女性を含む市民を抑圧し卑劣に殺害するイラン体制を非難する。
しかし同時に、この紛争を拒否し外交的、政治的解決を求める。」 www.asahi.com/articles/ASV...
「他にも内外の大作を小出しにしてデモンストレーションをやるんですが、中でも細田守監督の『果てしなきスカーレット』の死者の国に落ちてからメインタイトルまでのフッテージが凄かったです。」
https://news.jp/i/1402064662421046041?fbclid=Iwb21leAQXfthjbGNrBBd-lWV4dG4DYWVtAjExAHNydGMGYXBwX2lkDDM1MDY4NTUzMTcyOAABHrwonvSjWXWwuoQOV0YzGrPn8W-BzlJZw5XdT18fnbU2pUedl6meyEiWNXoR_aem_1RWG6a3v7qme4pFG5N4hiQ
明日7日土曜の10時00分からテレビ東京にて、新番組『ミャクぷしゅ』スタート。ミャクミャクとシナぷしゅのコラボらしい。
www.tv-tokyo.co.jp/myakupusyu/
インテリやリベラルは教育とか言ってるけど、そんな即効性のないお題目を唱えてても駄目、みたいなことを以前言われたことがあるが、一度捨てると取り戻せないからってだけの話で、これは先に進めるためっていうよりは防波堤みたいなことだよな、と
Echo Resort "20/20 Vision”
https://youtu.be/9BIiK2tTwHM?si=d7h-fy59ZGygpUsE
浅慮な人間はなにしろ浅慮なので、自分の納得できない主張をする人間を「きっとこいつ(ら)はこういう奴らに決まっている」という決めつけの根拠も浅慮なんだろうし、その結論に飛びつく前に考えるかどうかにおいても浅慮なんだろう。
「積ン読」の山はしばしば雪崩を起こすことがあって、あるいは意図的に崩す(下のほうの本に用事があるなどの理由で)ことがあって、そのときに積んだその本を再び山に戻すんだけど、そのときに背表紙に目を走らせる、それだけのことでも、これは「読書」の一端なのではないか……と考え始めている。
「「役に立たないからいらない」として、「役に立たないもの」を平気で捨ててしまうのが一般的なあり方だということは知っていますが、知性というのは「何の役にも立たない」と思われているものの中から、「自分にとって必要なもの」を探し当てる能力でもあります。」(橋本治)
4曲めに選ばれたのが、ブンブンサテライツ〝LAY YOUR HANDS ON ME〟だったことで、この曲が主題歌だった忘れがたい『キズナイーバー』のことを思い出したりしている。トリガーの、強固なスタジオカラーと並列する、びっくりするくらい多様な方向性のひとつの例。
youtu.be/2JN0VorugBM
3曲目に選ばれたのは、フラワーカンパニーズ〝深夜高速〟だった。
「涙なんかじゃ終わらない 忘れられない出来事
ひとつ残らず持ってけ どこまでも持ってけよ」
その次は、バルトークのピアノ・コンチェルトが選ばれた。一種の雅楽だと思えば、正月に似合っているといえなくもない。指揮はフリッチャイ。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
プレイヤーのお気に入りからランダム再生で、本年一曲目に聴くことになったのはこれでした。
ホレス・パーラン 〝コンガレグレ〟
music.apple.com/jp/song/%E3%...
個人的にやりとりの出来る交友関係のなかで、自分がその人のものの見方を最大限に信頼(同じということではない)してる人が何人かいるんだけど、『果てしなきスカーレット』についてその全員が「すごく良かった」もしくは「弱みはあるが充分に見応えがある」という答えで、そうだよなあ、と思うなど。
Adoの2025年は、鬼太郎を歌い、CAT’S・EYEを歌い、まる子を歌うという、そういう、カバーに積極的に取り組むモードの年だったということか。
個人的に、今年いちばん素敵だと思ったAdoのカバーナンバーはこれ。
https://youtu.be/trIiMhTDKxo?si=rg5nv3hNTrAZZ3il
シベリウス "フィンランディア"/カラヤン指揮:ベルリン・フィル
https://youtu.be/J4nYDBEjRmM?si=qlJcYd3LwXw5_eop
フィクションにおいて、「リアル」も、「感情移入できる」も、「等身大」も、べつに唯一絶対の正しさじゃない。作品を受け止めるときに用いる、数ある物差しのひとつに過ぎない。
ほんとうに、今のTwitter(X)って、「戦犯探し」が大好きな人のためのSNSって感じが強いと改めて思うなど。逆にいうなら、つとめて「戦犯探し」≒「あいつを叩くお墨付き」に加担しないような言葉づかいは、流通しないかあるいは「逃げるな」みたいな非難さえ受けかねないらしい。くっだらねえなー。
一週間の間、聴き逃し配信をしているそうです。/【聴き逃し】今日は一日“渋谷陽一”三昧 今日は一日“渋谷陽一”三昧 https://www.nhk.or.jp/radioondemand/share/1052_7174.html?p=99ZZZNYW4Y_01_4288920 #radiru
この話題を聞いていて『美味しんぼ』の、外国人編集者による丼特集と海苔巻き特集の前後編エピソードを思い出したりしている。何経由で学んだかによって、それぞれに妙なクセがついた日本語を話す外国人たちが出てくる話なのです。
https://youtu.be/I5TjKZFy7W0?si=ZnDfaidH-8NDETHz
やべえものを聴きながら作業している。
より良いものを受け取った、だからより良いものを作る……という「より良い」のバトン、そのために出会いはある。そう考えるだけの余白は、人生に残しておきたい。
アルヴォ・ペルト“Cantus in memoriam Benjamin Britten”
youtu.be/TVZZgfXNFW8
スッキリした「答え」に安易に飛びつかない意見が、とりわけSNSで歓迎されないのは、なんでもかんでも「党派性」に還元したがる力の働き方へと結びつきがちなものだとも思います。
藤津亮太さんによる細田守監督『果てしなきスカーレット』を考える動画。安易な社会反映論っぽい意見とかイデオロギー的「正しさ」ありきの罵声からは距離をおいた、もっぱら「読解」の手がかりを藤津さんの中で模索している過程を語っているところが、評論家の矜持を強く感じさせる。スッキリした「答え」に安易に飛びつかない(←今これを守ることの難しさ)ことも含めて。/『果てしなきスカーレット』をアニメ評論家が考える
www.youtube.com/watch?v=d7QQ...
NHK-FMで12月13日放送される『今日は一日“渋谷陽一”三昧』。ゲスト出演者発表。伊藤政則、大貫憲章、佐野元春、仲井戸麗市、山口隆、山崎洋一郎、吉井和哉 (五十音順) /
『今日は一日“渋谷陽一”三昧』 https://amass.jp/186625/?fbclid=Iwb21leAOiVOxjbGNrA6JU3GV4dG4DYWVtAjExAHNydGMGYXBwX2lkDDM1MDY4NTUzMTcyOAABHkweGqF3p3CwJWwibdZAThQv9dn2ffZ0PCGBPQe-wNYoqxwEhgHply71Qq1P_aem_wiWI5kiEFak9V4fnaadARg
『僕のヒーローアカデミア』という作品の同時代に生きていた幸福というのがある。そしてそれのアニメ化がこれだけ作り手の愛情と理解と表現を得られたものを観られる幸福というのがある。『ヒロアカ』を偉大だと思う大きな理由のひとつが次週の最終回に起こることだ。絶対に観るべきものだ。
久しぶりに、自分の記憶力の曖昧さを痛感している。アニメ版の『ヒロアカ』で爆豪が一飛びでオール・フォー・ワンに追いつき「俺がラスボスだ」と啖呵を切る直前に、原作では見開きで追いつく瞬間を描いてたと思い込んでいたんだけど、そんなページはなかったらしい。
'25年アニメの私的ベストシーン。
米川正夫訳でドストエフスキーとか読んでると、すごく「19世紀に軸足の一方がある」感じがします。
「こんなに炎上しているんだから、「それはきっとこういうことでしょうね」と説明するのが評論家の義務で、それをしないのは逃げだ」
……みたいなことを本気で思っている人がいるのか、と、いささか唖然としながら配信を拝聴しておりました。
いろいろ腑に落ちる解説だったと感じます。話の整合性より前にある動機が何かを探っておられるように感じたこととか、
初動の入らなさがとても考えどころなこととか。
流れてくる『果てしなきスカーレット』の感想投稿をちらちら読んでいて思ったのは、「ストーリーの整合性よりも優先して観るべき要素なんて、映画にはない」という考え方のほうが、やっぱり世の中には優勢なんだなあ……ってことだろうか。そうなれば、確かにあの映画は、大バツになるんだろう。