イカノボシ's Avatar

イカノボシ

@ikanoboshi

AFV模型/M4シャーマン戦車 Posfie https://posfie.com/@ikanoboshi https://m4sherman.ari-jigoku.com/index.htm

59
Followers
44
Following
276
Posts
01.03.2024
Joined
Posts Following

Latest posts by イカノボシ @ikanoboshi

Post image

1日1ミリ。ノルマンディのソードビーチで警戒にあたるイギリス軍のM10(第20対戦車連隊の車両)デフカバーはシャープノーズ、オーバーハングした砲塔のカウンターウェイトの後期型車両。星のマークが目立たないように置かれたジェリ缶。これもイギリス軍カメラマンのマーファム軍曹の撮影:IWM (B 5088) 左端にちらりと見えるユニバーサルキャリアは撮影隊のものだろう。ポーズをきめる兵士は写真用の演出か。

有名な写真ではあるが、場所の手がかりはすくない。軽便鉄道の軌道から海岸沿いの住宅分譲地、上陸地点WN20-COD付近と思われる。線路の向こうのロープは地雷原の警戒用に張られたものだろう。

05.03.2026 20:21 👍 26 🔁 4 💬 3 📌 0
Post image

1日1ミリ。ノルマンディのソードビーチ。軽便鉄道の軌道沿いの道をエルマンビル方面に歩く第三歩兵師団の兵士たち。その先にシャーマン戦車らしき姿も見える。兵士たちの折畳み自転車はシンプルな作りでペダルがなく、生ゴムのノーパンクタイヤ。
背中のティーカップは白に青の縁取りのホーロー。この時期のイギリス軍のホーローカップは白と茶色の2種類を見かける。

この一連のフィルムの撮影はジム・マーファム軍曹。撮影クルーはユニバーサルキャリアに乗って移動していたのだろう。
IWM (B5078)

04.03.2026 21:25 👍 19 🔁 6 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。1944年6月6日、ノルマンディのソードビーチ。海岸と並行して走る軽便鉄道の軌道と渋滞する車列に昨日の写真の兵士とジープ、救護隊のCMPトラックが写っている。道の彼方には広場の4階建ての「リゾートマンション」が見えることからその地点の上陸組の車両との合流で道が混んでいるのだろう。
別カットで写真のフレームにユニバーサルキャリアの鼻先が映り込んでることから、撮影隊は機材を積んでユニバーサルキャリアで移動する途中で渋滞に巻き込まれたと想像される。
IWM (B 5084)

03.03.2026 20:43 👍 21 🔁 5 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。ソードビーチの上陸地点の広場を反対側から見る。昨日の写真に登場した19世紀末ベルエポック建築のバックファサードが写る。道をはさんだコンクリートの4階建ては瀟洒な別荘街に最近できたリゾートマンションといったところか。
広場を左折して内陸に向かうM5ハーフトラック、ジープの幌に”CAUTION LEFT HAND DRIVE”とあるのがイギリス軍ならではの注意書き。自転車の兵士の背中には当然のごとく紅茶を飲む(茶色の)マグカップ。

1944年6月6日、ノルマンディ上陸当日。撮影はAFPU第5部隊カメラマンのジム・マーファム軍曹 IWM (B 5036)

02.03.2026 21:15 👍 19 🔁 5 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。ノルマンディのソードビーチ、エルマンヴィル=シュル=メール(Hermanville-sur-Mer)の海岸に面した小さな広場。上陸用の渡渉スクリーンを装備したユニバーサルキャリアと陸上げされたばかりの290mmペタード臼砲搭載のチャーチルAVRE。自転車に乗るのは衛生兵、手前は交通整理にあたるMP。

1850年代の鉄道開通で保養地として開発されたノルマンディ地方のこのエリアには19世紀末から第一次世界大戦前の趣味的な折衷様式の別荘がビーチに沿って立ち並ぶ。このアールヌーボーを感じさせるゴシック風味の建物はベルエポックスタイルとでもいうのか。
IWM (B 5040)

01.03.2026 20:27 👍 18 🔁 5 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。1944年6月6日、ノルマンディ上陸作戦の当日。ソードビーチ海岸沿いの街エルマンヴィル=シュル=メール(Hermanville-sur-Mer)の三叉路で空挺師団と合流するイギリス第三師団の兵士が乗るユニバーサルキャリアは渡渉用の側壁を立ち上げたまま。彼らのヘルメットはノルマンディ戦から採用されたツマの短いMk.III型。空挺兵の車両は角型フェンダーからインターナショナル・ハーベスター製のM5ハーフトラック。

電柱はノルマンディでよく見かけるプレキャストコンクリートではなく木柱であるが、ダブルに組むのは曲がり角で使われる補強なのだろう。これがコンクリート電柱の原型だとわかる。

28.02.2026 21:53 👍 24 🔁 3 💬 2 📌 0
Post image

1日1ミリ。1944年10月30日、オランダのローゼンダール開放。
イギリス軍が使用するインターナショナル・ハーベスター製のM5ハーフトラック。後部にアールがついた装甲板(溶接車体)がM3との違いになる。同社のM5/M9ハーフトラックはレンドリースでイギリス軍にも提供されたが、兵員を輸送する装甲装軌車両にはすでにユニバーサルキャリアがあったため、6ポンド砲の牽引や救急車などに使われた。
写真の車両の後部のシロクママーキングはイギリス第49歩兵師団(ポーラーベアーズ)
IWM B 11475

27.02.2026 20:26 👍 23 🔁 3 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。ソ連軍にレンドリースで提供されたアメリカのハーフトラック。手前の車両はM2もしくはM9ハーフトラック。奥に続くのは4連装機銃を積んだM17と思われる。1944年12月、ブダペスト近郊。L.ベルシュテイン撮影

M2/M3ハーフトラックはホワイト、オートカー、ダイヤモンドTで生産されていたが需要に追いつかず、インターナショナル・ハーベスター社にも生産拡張される。その際にマイナーチェンジが加えられてM2→M9、M3→M5ハーフトラックと呼ばれるこのタイプが主に連合国(イギリス連邦、自由フランス、ソ連)にリースされている。

26.02.2026 20:41 👍 22 🔁 5 💬 2 📌 0
Post image

1日1ミリ。アメリカのM2/M3ハーフトラックの製造を行ったのがホワイト、オートカー、ダイヤモンドTのトラックメーカーだった。要求されるスペックや機構にあわせてサブメーカーの部分をアセンブルするトラック製造のシステムが軍用装甲車への生産転換を容易にしたということになる。

写真はオハイオ州クリーブランドにあるホワイトカンパニーの組立工場で納車準備をするM2ハーフトラック。 後ろに駐車してる乗用車は ’41プリマス。(フォードやGMではなく)クライスラーとの企業的な関係が強かったのだろうか。

25.02.2026 21:14 👍 23 🔁 5 💬 1 📌 0
Post image Post image Post image Post image

【御禁制品到着😖】
このタイミングでギリギリ間に合った(何に?)感じwww。
タオバオで取扱いが無いので、原点回帰のebayで購入したもの。エストニアの模型店。
ドイツ戦車とかでは、結構ポカをやらかすのに、自国戦車に関してはその才能を遺憾なく発揮するズベズダなんだけど…
先ず転輪。う〜ん、鋳造肌の表現はされて無いですね。タミヤは地味にここの肌感を見事に再現していましたから、ここに関しては、軍配はタミヤかなぁ。
続けて足回り関連で履帯。どうです?ちょっとモールドが「浅い」印象ですね。これも、タミヤ…いや、カステンが良い感じですね。

21.02.2026 00:42 👍 9 🔁 3 💬 2 📌 0

林磐男氏(三菱重工技術者)の『戦後日本の戦車開発史』に、東日本重工(三菱重工)川崎製作所に修理に入って来た自衛隊のM4A3(76)W HVSSは、最終減速機のヘリングボーンギヤを折損していることがかなり多かったと記述されていました。しかし、純正部品の入手が困難な上に、当時の日本にはヘリングボーンギヤを高精度に切削出来る機械が無かったため、平ギヤで代用し、ピニオンギヤを大きく正転位することで強度不足を補ったとのことでした。

12.02.2026 23:26 👍 14 🔁 3 💬 1 📌 0
Video thumbnail

1日1ミリ。デトロイトのタンクアーセナルで撮影された"Building A Tank”の1シーン。工場のテストコースを走るM3中戦車の軽快な走行性能に驚く。巧みなクラッチ操作とブレーキテクニックはもちろん腕利きのテストドライバーの運転によるものだろうが、ドリフト走行でコーナーを軽々とクリアしていくところは装甲車というより自動車のCMのようだ。
戦車の試験走行というと障害物を乗り越えたり不整地をものともせず走るところが強調されがちだが、この映画では最初に坂を乗り越えるシーンがあっただけであとは「この戦車で快適なドライブができます」といった感じのシーンが延々と続く。

12.02.2026 21:06 👍 37 🔁 10 💬 2 📌 1
Post image

1日1ミリ。デトロイトタンクアーセナルでのM3中戦車の製造過程を紹介するドキュメンタリー映画が1942年に制作されている。
ナレーションはオーソン・ウェルズが担当。
映画は農場で牧草を食む牛のシーンから始まりカメラがパンするととうもろこし畑の向こうに巨大な工場が忽然と現れる。オーソン・ウェルズの映画でも見ているようなオープニング。
”Building A Tank" (19min)
www.youtube.com/watch?v=y8c6...

11.02.2026 21:51 👍 25 🔁 10 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。クライスラーのデトロイト・タンクアーセナル。M4A4の製造は43年秋で終わっていたが、イギリス軍が75mm砲型の継続供給を求めて中古車両の再整備品が43年12月から44年10月にかけて1600両ほど生産された。ファイアフライを持っていた英軍は新しい76.2mm戦車砲より榴弾の炸薬量の多い75mm型を求めたという。再整備は完全な分解修理を行うことから新造の2.5倍の工数を必要とした。写真の車体はフックにベースプレートがついた43年2月頃までの生産車だが再整備にあたって砲塔防盾をM34A1型にアップデート、車体と砲塔には弾薬庫を守るアプリケアーマーも追加している。

10.02.2026 21:37 👍 26 🔁 5 💬 2 📌 0
Post image

1日1ミリ。クライスラーのデトロイト・タンクアーセナルのM4A4シャーマン。1944年3月、LIFE誌のアンドレアス・ファイニンガー(Andreas Feininger)が撮影したこの時期はM4A4の生産は終わっているので、イギリスの要請による再整備車両だろう。

工場の生産ラインは窓際の2列が最終組み立てライン。これに直行する手前のラインでそれぞれの工程の組み立てられたブロックが窓際の最終ラインに受け渡される。

08.02.2026 21:44 👍 25 🔁 4 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。デトロイト郊外ワーレン。クライスラー 1/2ton パネルトラック工場で生産されるダッジWCシリーズ。左側のレーンが1/2tonのWC21で右側のレーンが3/4tonWC51だろうか。ベルトコンベアのラインを並列させて規格の異なるシリーズを並行生産していたことがわかる。

トラスビームと屈曲梁で吊り下げられる大きなトップライトのユニークな構造の建物は1937年にアルバート・カーンが設計した。

07.02.2026 21:57 👍 21 🔁 5 💬 1 📌 0
Post image

1日1ミリ。デトロイト郊外ワーレン(warren)のクライスラー・タンクアーセナル。工場施設の設計は当時、フォードの工場を一手に手掛けていた建築家アルバート・カーン(Albert Kahn)
1940年に工事着手、建設工事と並行して戦車の生産を開始、1941年4月24日には最初のM3中戦車が納車されたともいう。
42年よりM4シャーマンの生産を開始。42年12月には月産907両を記録している。

06.02.2026 21:41 👍 24 🔁 6 💬 2 📌 0

M24は大戦中と大戦後で仕様の違いがはっきりと分かれていますし、キャデラックとマッセイ・ハリスの生産車でも外観に明確な違いは無いようなので、米軍戦車の中では分かりやすい方だと思います。イタレリのキットは元々戦後仕様で、特に戦中型の後部収納箱の再現が難題だったので、タミヤが現代的水準で純粋な戦中仕様を出してくれるのは有難いです。

01.02.2026 08:22 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
Post image Post image

M24には歯の形状が異なる2種類の起動輪が存在します。1枚目はT72/T72E1(シングルピン・鋼製)用のD76210起動輪。2枚目はT85E1(ダブルピン・ラバーシェブロン)用の7049476起動輪。

01.02.2026 02:19 👍 9 🔁 3 💬 0 📌 0
Post image Post image

1枚目はボーヴィントンのM24で、前部アダプター無し。但し、後部アダプターは付いているので、キャデラックで1944年10月~11月に生産された個体と推察します。履帯はT72。

2枚目は富士学校の個体で、前後両方にアダプター付き。履帯はT72E1。水中で水かきの役割を果たす拡張グローサーを取り付けるための穴が3ヶ所に開いています。

01.02.2026 02:19 👍 6 🔁 2 💬 1 📌 0
Post image

M24は合計4731輌(キャデラックで1944年4月~1945年8月に3592輌、マッセイ・ハリスで1944年7月~1945年8月に1139輌)を生産。

M24は一般的に車体下部前面及び後面の浮航装置取付用アダプターの有無によって初期生産車と後期生産車に区分されています。結局、浮航装置は試作のみに終わりましたが、キャデラックでは1944年10月に後部用、11月に前部用、マッセイ・ハリスでは1945年1月に前後両方のアダプターを導入したと云われています。

タミヤの新キットには前部アダプターが付いていません。生産時期的に大戦中に実戦参加した車輛の大部分にはアダプターが付いていないようです。

01.02.2026 02:19 👍 13 🔁 4 💬 1 📌 0
Post image Post image

マニュアルにもラッチレバーを解除するとバネの力でハッチが持ち上がると記載されていますね。動画の8:57から車内で副操縦手ハッチを開ける操作をしています。ラッチレバーを解除し、右手でヒンジレバーを操作しながら左手でハッチを下から押し上げています。ハッチは軽い力で動くようですね。
youtu.be/VNTVp9z0YHE

28.01.2026 12:00 👍 3 🔁 2 💬 1 📌 0

ドイツ戦車のハッチのような少し持ち上げてから回す構造だと思いますが、外から開ける時に把手無しで操作可能だったのかなと。尤もそれがやり難いから把手を後付けしたのでしょうが。

27.01.2026 11:51 👍 3 🔁 1 💬 1 📌 0
Post image

大戦中のM24は操縦手ハッチの把手が付いていませんよね。現地で把手を追加している個体は有りますが、外から開ける時に支障が無かったのだろうかと思います。

27.01.2026 11:31 👍 4 🔁 1 💬 1 📌 0

車体下部に浮航装置取付用アダプター無し、主砲はカラー付きの航空機用T13E1/M5砲。後部収納箱はパンチングメッシュ製の一般的なもの。イタレリよりも初期の仕様ですが、ついにM24の決定版が来たという印象。ヨーロッパ戦線仕様ということは戦後仕様も期待出来そうですね。

27.01.2026 10:42 👍 11 🔁 3 💬 1 📌 0
Post image

朝鮮戦争時のモントリオール・ロコモーティブ製M36(E9仕様)。M36B2と記載している資料もありますが、前照灯基部が裾の広い鋳造品なので、フォード製M10A1車体です。M36B2はフィッシャー製M10車体なので、前照灯基部は単純な円筒型です。フォード製M10A1の車体前面アンテナブラケットは右前照灯の真上(初期位置)に付いているのが一般的ですが、この個体は右上部の角(後期位置)に付いています。これはMLWで後付けされたためと推察します。1945年にはM10A1の在庫が枯渇したため、MLWには従来M36への改修に回されていなかった車体前面アンテナブラケット未装備の初期生産車も供給されています。

27.01.2026 07:05 👍 4 🔁 0 💬 0 📌 0
https://www.derstandard.at/story/3000000280943/krieg-und-frieden-ein-us-panzer-in-oesterreich-und-seine-geschichte

https://www.derstandard.at/story/3000000280943/krieg-und-frieden-ein-us-panzer-in-oesterreich-und-seine-geschichte

ヴォルフガング湖から引き揚げられたT71/M36は車体上部右側面に「A400」という刻印が有り、フィッシャーの約400番目のM10A1(1944年1月生産車=最後の300輌)であることを示しています。この300輌は予めT71への改修が予定されていたため、砲塔は搭載されず、フィッシャーで4月~7月に改修されました。

この個体のVVSSのリターンローラーアームは6本全てが斜め持ち上げ型(後期型)です。1944年1月生産のM10A1のアームは水平型と斜め持ち上げ型が混在しており、新旧の移行期だったようです。フィッシャーで翌2月から生産されたM4A3(75)Wでは斜め持ち上げ型のみが確認出来ます。

24.01.2026 01:30 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0
Post image Post image

【戦域拡大か?】
ドイツ軍戦車の写真集から始まったPanzerwrecksでしたが、とうとう、連合軍車両に取り組み始めましたね。
28が英軍。チャーチルとクロムウェル、シャーマンICからVCまでほぼ網羅する感じ。
www.panzerwrecks.com/product/panz...
29が米軍。共著者にDavid Doyleが名を連ねてるので推して知るべしな内容。
www.panzerwrecks.com/product/panz...
期待したいですねぇ。

22.01.2026 10:29 👍 13 🔁 4 💬 3 📌 0
https://www.derstandard.at/story/3000000280943/krieg-und-frieden-ein-us-panzer-in-oesterreich-und-seine-geschichte

https://www.derstandard.at/story/3000000280943/krieg-und-frieden-ein-us-panzer-in-oesterreich-und-seine-geschichte

M36は60輌余り、M36B1は7輌の現存が確認されていますが、その内の約50輌が旧ユーゴスラビア軍車輛です。米軍は2000年にクロアチアからM36とM36B1を各1輌ずつ、1輌当たり14,000ドルで買い戻しています。当時は米国内にもM36は極少数しか残っていなかったようです。旧ユーゴ軍車輛はT-55用エンジンへの換装に伴い、車体後部が改造されているので、大戦当時のままの車輛が如何に稀少な存在か分かると思います(朝鮮戦争当時の仕様である日本の2輌も稀少)。T71で極初期のストレート型砲身のままの個体は現存しておらず、それだけにオーストリアの個体の砲身が切断されてしまったことは一大痛恨事です。

22.01.2026 02:19 👍 10 🔁 4 💬 1 📌 0
Post image https://tankdestroyer.net/units/battalions700s/274-776th-tank-destroyer-battalion/

https://tankdestroyer.net/units/battalions700s/274-776th-tank-destroyer-battalion/

1984年夏にザルツブルクのヴォルフガング湖から引き揚げられたT71/M36。元第776戦車駆逐大隊所属車輛で、1945年9月18日、移動中に急勾配の狭い道で履帯が破損し、湖に転落。水深約60mの湖底に沈んでいた個体。1979年11月に米軍潜水士が車内から操縦手の遺骨を発見。主砲はバート・テルツの米第10特殊部隊グループが水中で切断したと伝えられていますが、失われた部分は行方不明(湖底に沈んだまま?)。復元された砲身は途中から継ぎ足されており、ネジ山保護リングも含め、模造品のようです。1945年にオーストリアで撮影された同大隊のT71/M36は極初期のストレート型砲身を装備しています。

18.01.2026 23:14 👍 14 🔁 4 💬 1 📌 0