#illustration
ギャオス
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ギャオス
先日の『ソビエトハイウェイ』ではポーランドの暇人が「西側が左派イデオロギーで同性愛を撒き散らしている」という俺にはやや理解の難しいことをほざいており「人間を辞めて金魚にでも転職しろ」と思ってしまったが、こういった面白みのないカスどもがともかく「性的乱倫」や「性的逸脱」を悪徳の代表例として持ち出してくるということはさすがの僕も気がついており、僕は右翼をやめた時にそれを一種の「有害な集団主義」の最たる特徴と認識しましたが、まさか「右翼じゃない」側にもそういった例を何個も見出すことになるとはその時には思っていませんでした。
もし何かと競合関係になるのなら感覚の違いで勝負したいものです。
‘Collective memory in post-Soviet Kaliningrad Oblast’をもうすぐ読み終わるが、KGB崩れの汚職政治家の言説を検証するくだりに入ると「西側は『ソフトパワー』で伝統的な価値観を壊してくる」だとか「ロシアには伝統的に多数派〔ロシヤ人〕の文化を他の民族も受け入れることで多様性と一体性を両立させた」云々という、単なる外人嫌悪と自国中心主義を仔細に見せられる破目になり、先日『ソビエトハイウェイ』に登場した旧東欧圏の欠陥人間も同じことを言っていたので、こういった主張が「みんなが言えないことを言っている」どころか汎人類的な定型句であることだけは理解できる。
Merrini, jua solla!
Ishte një truall i vështirë dhe vazhadimisht bente mot i keq.
(受け取るがいい、お前たちに持ってきてやったのだ。
不毛の大地と、どこまでも続く悪天候)
(I. Kadare, „Gjenerali i Ushtrisë së Vdekur“)
カダレがどこかで書いていたがアルバニアには「ホメーロスはアルバニア人であった」という奇妙な伝承があるという。
『アルバニアを知るための60章』の井浦伊知郎先生担当箇所によれば、アルバニア語における借用語で最も高い比率を占めるのはラテン語らしく、mik(友達)はamicus、shok(同志)はsocius、mbret(王)は変形しているがimperatorで、北部ゲグ方言などは古代の言葉が生き残っているらしく、スターリンが黒海沿いのポントス系ギリシア人の社会を撤去してしまったのは取り返しのつかない過ちだった。
彼らの言葉は古代と現代ギリシア語との中間の指標だったかもしれないが二度と確認できない。
『砕かれた四月』には、オスマン帝国の兵として死んだアルバニア人が「母親に息子が三人の花嫁と結婚したと伝えてくれ、つまり俺の体を貫いた弾丸……」と歌う歌が引かれており、元ネタがあるのか知りませんが『死者の軍隊の将軍』の題で和訳されている代表作『死せる軍の将軍』にも同じ詩が引かれる場面があるのでカダレは気に入っているようです。
血讐を定める掟(カヌン)はどう考えてもギリシア語のκανώνですがアルバニア語の場合にはオスマン帝国のトルコ語でアラビア語からの借用語であるقانون (qānūn)を経由しているらしく、ギリシアの隣国であり旧オスマン領であるこの国のすべてを反映するようです。
「野党は批判ばかり」という言い方には、僕は字義どおりには同調しませんが、どういった路線や方針を取るがゆえに政権与党と競合しているのか、すなわちどういった未来像を思い描き、どういった方向性に建設的というか肯定的な態度を見せるのかという点については確かに発信が少ないように思え、「批判ばかり」という表現を「建設的な要素があまり知られていない」と解すのであれば僕も首肯する部分がないでもありません。
俺が「この状況で支持率を上げられないのは野党側に問題がないとは思えない」と心のどこかで思ってしまうのは自分の中にまだ体制迎合的な右翼の部分があるからだろうか。
ジェス・フランコ監督『フェイスレス』、それから『ドクターギグルス』が「ホラー映画のVHSの劈頭の宣伝によく入っておりいつでも見れると思っていたらVHSどころかビデオ屋という文化自体が衰退してしまった」という映画、そして松岡錠司監督『トイレの花子さん』が映画学という学問を専門にしておられる我が第一の指導教官も褒めておられる名画ですが渋谷TSUTAYAのレンタル機能が消滅して以来見れておりません。
まあAmazonの配信も万が一Amazonが倒産してしまった場合には面倒なことになるという点では一国だけが中心のhub and spokes体系と共通してはいます。
アメリカも人の作った国である以上、おかしな権力者が乗っ取る可能性があるのはハンガリーやロシアと全く同じであり、アメリカがしばしば設置したhub and spokes systemという一国のみを軸とする同盟関係は、宗主国が機能不全に陥った場合には必然的にあらゆる安全保障を考え直さねばならなくなることを、僕は学部二年の頃に国際関係論の講義を受けて認識したかと思いますが、それについて言及した際に「ネトウヨ民主主義者」と称するSu-8492とかいう間抜けが難癖をつけてきたのは覚えています。
よほど考えたくなかったんでしょうが僕とて考えたくて考えているわけではないことはご理解いただけないようでした。
カダレの『砕かれた四月』は最終章で主人公が自らの最後に過ごす月を単なる四月ではなく「死月」であると述懐する箇所が、日本語版はフランス語からの重訳なので、アルバニア語ではどうなっているのか、アルバニア語はさっぱりですがずっと気になっています。
井浦伊知郎先生が『石の年代記』を私的に訳されるといういかなる勲章をもってしても称えきれぬ偉業を完成された暁にはアルバニア語原文からの直訳を井浦伊知郎先生がなされることを期待したい。
俺が権力者だったら国費で井浦伊知郎名称アルバニア研究センターを設立するんだがなぜか大倭秋津洲では粋のわからぬ金権主義の俗物しか権力者になれないようで残念なことです。
昨日から僕の魂の映画『クロウ 飛翔伝説』のリメイク版が遂に日本で上映を開始したらしく、案の定ぼくの嫌な予感を裏付けるような感想ばかりが流れてくるんですが自分の目で見ずに悪口を言うことは許されないのですごく嫌な予感がしますが近いうちに直視してきたいと思います。
というか、ヒースクリフとキャサリンの激情を、死体を見てテンションが上がる野蛮さと同一視するのであれば、尚更ヒースクリフがキャサリンの死後に彼女の墓を暴くエピソードをはしょってはいけなかっただろう。
このアメリカン嵐が丘に比べたら、スカーレットがやったハムレットの翻案など上手なものである。
#軍曹映画メモ 嵐が丘
つっっっまらん!しょーもないもん見せやがって
何百年も擦られ続けた英文学作品に新たな視点や独創性を与えるというのは、そら大事なことではあるが、これは下手くそが過ぎる。というか、浅い。
ほぼネリーの証言で、3世代にも渡る大長編をキャサリンの世代だけに限定しコンパクト化、激情=野蛮さという感じで焦点を当てて単純化を図ったのは評価したいが、その結果出てきたものが単なる下品な不倫劇という浅薄なもの。
というか、野蛮さを「なんかぐちょぐちょしたものに指を突っ込むこと」だと思ってる辺りも真に浅薄。アメリカン嵐が丘。
このどうしようもなさの前にマーゴットロビーが英国人ぽくないなど瑣末
「構成する」であって「殿堂入り」ではないのが難しいところですが何か明確に影響を受けたと言えるのはこの辺でしょうか。
テンギズ・アブラゼ監督『懺悔』については、変なものを糾弾する意図を持っていても、熱が入り過ぎずに冷めたまま行うことができるという重大な事実について教えてくれた点が大きいかと思います。ヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』も明確に戦後のチェコ=ソヴェト関係を意識していますがアブラゼもホンザ(ヤン)も熱狂や偏見に身を任せてはいないのが西側の反共主義者とは絶対的に異なる点かと思います。
世の中に茶化せないものはないが、冷めた頭のまま軽く扱わないこともできる。
東ドイツと西ドイツとの参謀本部にあたる組織がHauptstabとかFührungsstabと生じていたり、ソヴェト同盟の影響圏だと警察がしばしば「民兵」と呼ばれていたりといった、組織が実質的な機能に該当するものとは別の名前を冠している現象は「好き」なので、「自衛隊って何?」「日本の軍隊」(『ヨルムンガンド』)という状況を続けるという選択肢は嫌いではありません。
速水螺旋人先生を筆頭に色々な人が褒めておられる『仙術超攻殻オリオン』をやっと入手したので士郎正宗先生の作品では必ずやらねばならないことですが何度も読み返して吟味します。
フレンチ先生の警察予備隊を扱った本では、やはりアメリカが雛形として想定していたconstabulary〔警備隊〕という組織は、フィリピンに設置されたものが韓国軍の前身と並んで言及されており、南アメリカの事例と根を同じくしているように思われる。
一般に「アナバシス」と言えばクセノフォンがペルシア帝国から故郷までド根性で辿りついた出来事を指しますが、世の中には毛沢東の長征を「赤いアナバシス」と表した著作があるそうで、しかし検索でも出てこない。書名ではないのだろうか。
宰相の無能さが、まさにその無能さゆえに大規模な害を及ぼす前に取り巻きからも見捨てられるみたいな展開にならねえかなと期待していますが、NS国家の占領下の白ロシアとかよりましだと考えて自制心を保つことにします。
基本「ベラルーシ」と書いているんですがБелоруссияは「白ロシア」と非論理的に思っておりロコソーフスキイの率いた軍もつい「白ロシア…」にしてしまう。
西が白とか方角に色を当てはめる考え方は、人の命という「神の業」を数値化するゆえにキリスト教圏では嫌われた国勢調査と同じく、モンゴル帝国からロシアに根付いたという説は、実は典拠が不明瞭らしく、我がウクライナ史の先生に聞いておけばよかった。
僕はある少年誌を小学生のころ毎月買っていたのですが、ある時からそれを目当てに買うようになった、金属の体を持つ巨大な動物と人間が共に暮らす星の物語を描く漫画が突如として終了し、明らかに「不人気」ではなかったため長いあいだ困惑していたのですが、側聞によれば「少年誌にしては内容が大人向け過ぎる」という理由で終了させられたとのことで、しかしその作品で「女性の素肌」のような場面は間違いなく少なく、もし本当に話が「大人っぽ過ぎる」という理由で打ち切られたならば、それを文字通り理解するほかないため、読者としてはかの会社の編集部の方針や路線に子供のころからやや不信を抱いていました。
「自らの創作において真実性を追求すると決めた人は、観客にかまってはいけません。彼はただ、彼みたいな「絶望者」がもっといる、そして彼らを代表してものを語っていると願望するほかありません。こうした彼らは彼の観客で、彼が関心を持つ観客なのです」
(「ヤン・シュヴァンクマイエルへの質問」、[政治・経済・観客]#1。『yaso 夜想/特集#シュヴァンクマイエル』所収、ステュディオ・パラボリカ、2007年、p. 20)
学部一年の時の「帝国主義」という講義、そして我が第一の指導教官の講義でシュヴァンクマイエルの『アリス』が戦後チェコ史の表象であると発表したことが今の俺をすべて形作った。
「遅くとも1920年の末には、彼は1878年12月6日を生年月日として述べていたが、1922年には、彼の副官の一人が1879年12月21日に「訂正」し、それが公式の日付となった。……なぜスターリンが異なる日付と異なる年を選んだかは定かではない」
(S. Kotkin, “Stalin: Paradoxes of power, 1878-1928”, Penguin Press, 2014, p. 742)
神君/尊厳者がどうして日時をずらしたのかいまだに不明のようですが干支は同じです。俗説で印象的なのは「年下の相手〔トローツキイ〕にムキになっていると思われたくなかったから」というやつです。
今日はジンギスカンという『サイボーグクロちゃん』という漫画でドクターホワイトウッズという敵が「北海道に来たらやっぱりこれだ」と言いながら食っている様子を見てからずっと食べたいと思っていた料理を食べたんですが、夢中になって記録を残し忘れてしまいましたのでこないだお袋の誕生日祝いの時に相伴に与った捌くのに免許がいるらしい魚の料理の写真を上げておきたいと思います。
お袋の生年月日は今上陛下と全く同じ日なのですが、どうも母の記憶によれば祖母が「めでたい日だから」と一日ずらしたので本当はその一日前らしく、花だけは必ずその前日に用意しています。
楽天からトータルで三ヶ月くらいして届いたわけですが何かテープでも貼りつけて剥がしたのか人名索引のページの真ん中が剥げている。こういうのはどこに文句を言えばいいんだろう。
アメリカの出版社のはずだがカバーの袖の部分を見るとprinted in Indiaと書いてある。よくわからない。
Soraya Kuklińska, „Oskar Dirlewanger”
Eātur urbem diabolōrum, gehennālem terram.
魔の都へと赴こう、煉獄の大地へ。
ある種の空間には「薄情競争」のような、「薄情であるほど現実に即した考え方ができる」というような発想が存在していますが、薄情なことと理性的なことは「優れた芸術家は変態の部分を備えるが変態=芸術家ではない」(シュヴァンクマイエル)という法則と同程度には同義でないという前提が忘れられるのは嘆かわしいことです。
そういった事例と、加えて「不幸自慢」という、これまた根強い悪弊を踏み抜いている「右翼じゃない」という人に直面したことがございますが、僕は「独ソ戦の方が死者数が多く日本の戦死数は大したことがない」と薄ら笑いを浮かべて口にするような欠陥人間にはなりたくないものだと実例を眺めながら思ったものです。
実際の戦災に関わった人の記憶に、その枝葉末節に拘泥して文句をつけるという行動で僕が思い出したのは、神君にして尊厳者が崩御したのち、ぽつぽつソヴェト同盟の収容所からドイツ人の古参党員が東ドイツに帰国し始めたそうですが、マルタ・グロービヒという人が、駅で出迎えてくれたDDRのお偉方から最初に言い渡されたのは「ソヴェトの収容所については語るな」という命令だったというお話で、「SEDが欲していたのは英雄であって犠牲者ではなかったのである」(M. Stibbe)という、"De-Stalinising Eastern Europe"という論文集の中の東ドイツを扱った章の中の一節が記憶に残りました。
僕が柄になく少し寒気がしたのは港町に住んでいた人が艦砲射撃によって横の友達が文字通り消滅した、死んだ瞬間もわからない、という話です。
そして兄弟は全員特攻隊に取られて帰って来ず、日本とアメリカが自分の故郷を滅茶苦茶にした、決して彼らを信用しない、と、ある西側的でない禁じられた考えを固守されていたとのことで、世の中には軽々しく反論することが少なくとも「礼を失している」という事例というのは確かにあるように思います。
『新耳袋』のどれかで、知らない人から突然電話がかかって来て、「電話帳で見たらあなたの名前が真っ黒に見えた」と言われ、実はそのとき遺産争いで厄介なことになっていたというのが感覚で「ありそう」と一瞬思ってしまった話でした。
なお僕は「乗り物」全般が理屈でなく「嫌い」なので、戦車であろうと航空機であろうと名前を覚えるという行為を「枝葉末節」とみなしていますがこれは僕の遺伝上の親父が女房や倅との関係を保つより車を磨くことを重視したことと間違いなく無関係ではなく、自分の感情が理不尽であることも同時に自覚しているのです。
確か『鬼哭街』で虚淵玄先生が「銃」とだけ表現しておられたのは印象的でした。
立命館大学のトーマス・フレンチ先生という人が書いた„National Police Reserve: The Origin of Japan's Self Defense Forces”という本が、僕が検索したかぎり、戦後の日本軍の雛形として、宗主国が南アメリカ諸国を占領した際に設置したConstabularyという組織と同じ語を用いていることに言及していると思しき本で、僕は積んでいる本が山ほどあるのに金を払ったせいで文無しです。
僕が知りたいのは正確にはアジアと南アメリカで、さらに言えば世界のどこであれ地元の事情があるはずなのにそれを無視してしまう東欧圏に対するソヴェト同盟のような心理です。
昔はクロワッサンというパンがあまり好きではなかった記憶があるんですが、パリに行ったときに道端で売っているクロワッサンを見て「絶対に旨い」と確信して買ったら本当に旨かったのであれ以来僕が好きなパンの中で一、二を争うパンになったのではないかと思います。