――あなたはたぶん正しい。でも、正しいだけの人は、他人を幸せにはできない。
医者とはそもそもどういう仕事なのか。病気を治すのはもちろん大事だ。新しい治療法の開発も必要だろう。でも、それだけでは足りない 。一人一人の人間に事情や背景がある。
「処方箋のないクリニック 特別診療」仙川環
#読了
――あなたはたぶん正しい。でも、正しいだけの人は、他人を幸せにはできない。
医者とはそもそもどういう仕事なのか。病気を治すのはもちろん大事だ。新しい治療法の開発も必要だろう。でも、それだけでは足りない 。一人一人の人間に事情や背景がある。
「処方箋のないクリニック 特別診療」仙川環
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それに――。
何もかも全部理解できていたとして。先のことも悉く知れていたとして。
それでも。
それでも怖かったなら。
怖くなってしまったら。
その時はどうしたらいいのか。何が怖いのか。
何もないのにただ怖いのだとしたら。それはもっとずっと――。
怖い。
「猿」京極夏彦
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人を送る仕事をしているうちに、いつの間にか気づいていた。死は特別なものではなく、自分の近くにも必ず訪れるものだということに。どんなにつなぎとめたくても、するりと指の間を通り抜けてしまうものだということも。
「ほどなく、お別れです」長月天音
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「それにしても、波止場はいつも繁盛していましたね」
二人が話し出さないので、珍しく克子が切り出した。するとママが、
「あたし、男を喰い物にしてきたのかねえ――」
煙草をくゆらせながら、遠い目をして言った。
「いやいや」
「喰い物にはしていないでしょう」
「スナック墓場」島津輝
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「汚ねえパンなんぞ普通は食べねえが、飢えていたら食うしかねえ。がつがつとな。その状態が被害者遺族の状態なんだと。犯人を死刑にしても空腹は埋まらない。一時の飢餓状態から脱するだけでかえって腹を壊すかもしれない。お前にはそんなパンの一切れもない。だがそれを嘆くな……」
「雪冤」大門剛明
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CVが右の拳を天高く突き上げた。
「シャリってる!」
私がビースサインを掲げる。
「サビってる!」
パーちゃんが掌を大きく広げる。
「ネタってる!」
小町が指をわしゃわしゃと動かす。
「ガリってる!」
口をめいっぱい、命の限り広げる。我々は、人間だからすしってる。
『超すしってる!』
「超すしってる」須藤アンナ
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私たちはこの世界に裸で立っている。地球は宇宙の中ではほとんど視認すらできないうっすらと青い点だ。自然は冷たく、敵意を剥きだしにする。しかし私たちは人間だ。私たちは孤独を分かち合う。孤独が私たちを繋ぐのだ。
「午後」フェルディナント・フォン・シーラッハ
酒寄進一=訳
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彼女がこちらを見た。気づくと私は、自分の左手をつかんでいた。
「だからあなたも何かで、ちゃんと楽しんで」
自分の人生の最後に、このような言葉をかけられたことを、私は覚えているべきだった。 最後? 不意に思う。そうだ。当然、最後だろう。
私は人を殺すのだから。
「彼の左手は蛇」中村文則
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ダンケ。
二度と上がることのない幕を前に、僕は、そう彼に言った。
まだ続いている歓声で自分の声も聴こえなかったが、彼は僕の口の動きで分かったのだろう。
ビッテ。
微笑んでいる彼の唇が、そう動いた。
「spring another season」恩田陸
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得られる刺激がひとつもないと、岩永は自身の存在が信じられなくなる。
その根源的な不安から逃れるために、炎上、と検索すると、リアルタイムの火事場はいくらでも見つかった。新しい酸素を得たかのように、脳が急速に回り始める。光る画面の向こうには、人々の悪意が蔓延していた。岩永の心を落ち着かせるには、今夜はそれで十分だった。
「イオラと地上に散らばる光」安壇美緒
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「母さんは小六のときにも『そういう子なので』と言ってくれた」
苦い記憶が思い出されて、のどの奥が苦しくなる。
「ごめんね、あのときはそう言うしかなかったから……」
「わたしはうれしかったんだ」
思いがけない評価に、「へっ?」と変な声が漏れた。
「成瀬は都を駆け抜ける」宮島未奈
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九州のどこかで、時代遅れの士族たちがどんな乱を起こそうと知ったことか。勝手にやってろ。応貫堂は、いまは枝分かれした薬種問屋をやがて傘下に収めて、四千名の頂点に立ち、二十年後には銀行を設立して、富山という国を掌に載せるのだ。
「潮音 第四巻」宮本輝
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「世の中ってもんはどうも簡単じゃねぇらしいが、ただ、人間の根っこは簡単じゃないと収まらねぇような気がする。根っこが複雑にこんがらがっていると、時流にただ流されちまう。俺はさ、源三郎さん、簡単な根っこをこの複雑な世の中で通すために、必死に知恵を絞ってきたのかもしれねぇな」
「新選組 幕末の青嵐」木内昇
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ディトランジションは、エイミーがだれからも手の届かない場所に進むための、ゆっくりとした骨化のブロセスだったのだ。リースはもう、エイミーに新しい傷をつけることはできない。だけどそんなのジェンダーじゃないよ、とリースの罪悪感が声を上げる。それは痛みだ。
「ディトランジション、ベイビー」トーリ・ピーターズ 吉田育未=訳
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「逃げたっていいじゃん。逃げるから助かることだってあるんだから」
八年前の絹ちゃんみたいに。
「助けてくれる人は絶対いる」
ママたちが無謀な計画を立てて、絹ちゃんを逃がしたみたいに。
この世界には、人のために必死になれる人が思ったよりたくさんいる。
「空木の庭」いとうみく
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「アラセゴン」
私はその姿勢を真似てみた。「中心にないね」とリオは私の腕をやさしくつかみ、そっと持ち上げた。角度が五度ぐらい変わり、それだけなのに、私は自分の身体が今までにないポジションにいることを感じた。空気が乾き、風が少しだけ吹いている。
「サンクトペテルブルクの鍋」坂崎かおる
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内臓がシェイクされるような回転が続いた。自分の口から自分の声じゃないみたいな、動物みたいな雄叫びが漏れた。叫びながら思った。これより怖いことなんてあるだろうか。ある。人を好きになること。その人のなかに飛びこんでいくこと。あんな怖いことをよくやったね自分。
「宙色のハレルヤ」窪美澄
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わたしはチラシで見た積み木の写真を思いだす。端材で作ったさまざまなカケラだ。
ひとりひとりはカケラでも、組み合わされば大きな形になっていく。
世の中は勝手に進んでいくわけじゃない。ひとりひとりが進めていくんだ。
「希望のカケラ 社労士のヒナコ」水生大海
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「お母さんを捨てられる?」
思い切って訊くと、紗奈は少し躊躇った末にきっぱりと答えた。
「捨てたいです」
この私もハルオに捨てられたのだ。しかし、今また、取り返そうとしている。そのことに喜びを感じている自分に、自分自身が呆れてもいるのだった。
「母親なんて、捨てた方がいいのかもしれない」
「ダークネス」桐野夏生
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「やっぱり中身も大事なんだね」佐江も同意するように呟いている。
「中身が大事……考えてみればそれが常識か。中身と言うよりは伝えたいこと、伝えようという意志――それは捨象してしまってはいけないことなのかもしれない。たとえ作業上の方便としてですら」
「そりゃそうでしょう、伝えたいことがなければ言葉なんてなんの意味があるの」
「エディシオン・クリティーク」高田大介
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それは音をたてた。宙を満たすうなり声。それは言った、目覚めよ。それが去った町はずたずただった。家族は悲嘆にくれた。家族は先祖の行ないを知った。それは気象現象だった。目覚めよ。それは一つの雲だった。生気のない空気の流れだった。
「赤く染まる木々」パーシヴァル・エヴェレット 上野元美=訳
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ヒトは他人が思い通りにならないこと、自分自身が思い通りにならないこと、天気や環境が思い通りにならないことばかりを気にしていた。同じことを何十回も続けてその個体は死を迎えた。
思い通りにしたかったのだった。たとえ、他人の幸福を願い、他人の快適のために尽くす人生であっても、それは他人を思い通りの状況に置きたいということなのだった。
#読了
九千坊は猿太閤の枕元に座り込み、じっとその寝顔を観察した。
「なぜ、このような小さな男に、何千何万というヒトが従うのか。なんのためにあのような無謀な戦を仕掛けたのか。知りたいと思ったのだがの。ヒトのすることは、しょせん水神のわれらにはわからぬということか」
「水は動かず芹の中」中島京子
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……わたしという人間も「顔」という壁で二つに分断されている。中が東、外が西で、わたしは西で暮らしているのに東の人間なのだ。ベルリンの壁は一つの町を二つに分断しているのではなく、ユーラシア大陸を、いやそれどころか地球の北半球を西と東に分断している。
「研修生」多和田葉子
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広々とした空。
白いボール。
一瞬、俺の脳裏に、子供の頃に作って飛ばしたイカヒコーキの映像が浮かんで消えた。
風太の投げたボールは、ぐいぐいと太陽に向かって駆け上がり、俺の目にハレーションを起こさせた。
まぶしい――。
「ハレーション」森沢明夫
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帰国運動。地上の楽園。何もかもがまやかしだった。十万人近くを地獄へ送る壮大な罠だった。
なのに今日に至るも、責任を取るどころか、誰も謝罪すらしていない。そもそも日本人は、自分達の過去の行ないを忘れ果てたかのようだ 。
そんなことが許されていいのか。
「地上の楽園」月村了衛
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いくつものことが心の中を飛びすぎていった。壁紙に描かれていた男の子、たくさんのグズベリー、バケツに引っぱりこまれた瞬間、迷子になった牝牛、水が漏れてくるマットレス、三番目の光。わたしはこの夏のことを思い、いまのこと、いまのことをいちばんに思う。
「あずかりっ子」クレア・キーガン
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「いいんじゃないですか、好きなだけ工期を延ばせば。それが仕事みたいなもんだ」
浜地はなぜか失望する代わりに地に足のついた気持ちになると 、自然と身体の力が抜けて背もたれに寄りかかっていた。この世にそうそう純粋な人間はいない。バカ真面目な人間もいない。
「緑十字のエース」石田夏穂
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わからない人のほうが多い。わかってくれない人は、大勢いる。
だけど、わかりあえる人も、きっとどこかにいる。
未来のことなんて、なにひとつわからない。人生はきっと苦しい。これからだって傷ついて、のたうちまわりながら生きていく。
さびしくて恐ろしくても、それでいい。
「マッドのイカれた青春」実石沙枝子
#読了
そうか。こうやってこの国をどん底に落とした戦争は始まったんだな。そしてそれを熱狂的に支持する人たちがいると。新しい戦前とはよく言ったものだ。莫迦が支配する国で生きるのは辛い。あきらめないけど、その前に殺されているかもしれないな。
早いところ積み上げた本を読むか(何年かかるんだ)。