極めて花粉が多い甲府より信玄公に睨まれながらコンニチワ。今日も一日ご安全に!
極めて花粉が多い甲府より信玄公に睨まれながらコンニチワ。今日も一日ご安全に!
ゲームを知らないので、たとえばダンジョンと云われてもわかってるかという怪しく、ので、親しい人に訊いたことがある。そういう点では基礎教養が欠けてるんだけど、知らない間にゲームの言葉が世の中に満ちてる気が。
都民にあるまじきことを書くと改造中の新宿駅で小田急からJRの改札まで行けず迷った後にダンジョンという言葉を知ったので、ダンジョンは知識より体験が先でしたあははのは(笑ってごまかす)
生まれつき右目の視力が良くなくて左目温存の意味も含めてゲームは禁止兼自主的に避けてて、いまでも持っていないし、持ったことが無い。やったことあるのは信長の野望くらいかも。だからおのれを構成する9つのナントカってのはゲームを持ち出されると語れない。語るものがないほど耐えられない程度に軽くてすっかすか。あははのは(笑うところかどうかはわからないが)。
既に多摩はスギの花粉の最大予測値の5割が飛んだ、という報道もチラ見したけど、それが本当なら先週末みたいなのはもうないと思いたい
多摩地区のスギ花粉、この前の週末が異常だった模様。
www.hokeniryo1.metro.tokyo.lg.jp/allergy/poll...
上野の東博、たとえば長崎の奉行所が持っていた隠れキリシタンをあぶりだすための踏み絵とかを持っている。あと長崎の南部は観音信仰に似せてマリア観音にしてそれを奉行所が没収したやつとか。記憶に間違えなければ十数年前にそれを特別展ではない企画展で展示していた。もちろん立ち止まる人なんてほぼいなかった。
博物館って百科事典のようなもので、誰もがすべての資料に接するとは限らないけど、何年かに一度誰かがいざというときにその資料にリーチすることができる、という点に特色があるはず。
閲覧する人が居ないから百科事典を止めるなんてことしないように、動員数次第では廃止、というのは愚の骨頂だと思うのだけどなあ。
第三楽章までえっちできれいなジャイアンの舞をみてるようなというかグロテスクとキレイとおかしみとわけわかんなさが同居して、かつ、悲劇的なはずなんだけど楽しげで、興味深い。
わたし日本語ヘタだな
Eテレ、Mahlerの6番をやってて第一楽章、力強い音を目立たせ兵隊の行進っぽいリズムの印象でつっぱしることもできたはずなんだけど、どちらかというと音を控えめにして、木管や金管の妖しげな響きをあえて聞かせ、この曲のわけのわかんなさを表に出しててGJ。
『悲劇的』っていうくらい救いようのない交響曲なんだけど、たしかに悲劇って腑分けすると「わけわかんないことが起こるから悲劇」もあるので、ちょっと唸らされた。
持てる知識を総動員してロングラン総会を乗り切って、祝杯といわぬまでも帰りの電車で駅前の店で買ったワンカップのワインがのめたらなと思ったが、来た高尾行きが地下鉄と同じ横並び。総じて巧く物事が進んだけど最後に意地悪なジョーカーがほほえんだ感じ。
きょうは雨だったのであんまり気にならなかったけど、予報だと明後日の花粉がえぐい。花粉症の薬は用意してあるもののなぜかそわそわしてて、それは、抜歯がきまってる状態の予定日の前と同じ憂鬱さになんとなく近いような(遠いかも)。
大人になっていくつもの勅撰和歌集が組まれて日本史を理解して、紅旗征伐我がことにあらず、ってのの真意を知って、殺意はなくなった。
けど、古典は京阪神の学生のほうが理解しやすいのではないか?感はある。
あと藤原定家。たとえば、あまのはらふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも、ってあるんだけど、三笠山がどの方角にあるかも知らず、三笠というとどら焼きしか思い浮かばない奈良から遠い中学生には理解しにくかった。とんでもねえものばかり100個も選びやがって、という殺意はかなりあった。
生麦は高校生の頃にどこにあったか理解できてて日本史についてはしんどくなかったけど、「春はあけぼのようよう白くなりゆくやまぎわ」ってきいて東に山がない東京の多摩の民だったうえに銀座あけぼのと秋葉原ヤマギワしかしらなかったので想像できず、清少納言に殺意を覚えたことがある。
お隣の県から東京に戻るにあたり、昔からの2人ずつ座れる向かい合わせの座席だと駅前で買ったワンカップのワインをあける気になるのだけど、横一列の電車だとなんとなく視線が怖くて委縮してしまう現象に、ずっと名前を付けたいと思ってるけど腹落ちするようなものが思いつかない。
甲斐岩間は耳にした車内放送のアクセントをそのまま受容してるかも。あと、さがみ→こ↓(こだけ下がる)とか。現地でどこにアクセントがあるかまでは把握していない。
飯田橋アクセント問題サンプルその3。飯田橋は平板でアクセントなし。「こでんまちょう」もおなじ。
ただなぜか「おだ→」「きゅう↓」(きゅうだけ下がる)「さがみは→」「ら」↓(らだけさがる)とか郊外になると怪しくなる。もっと遠くの身延線の甲斐岩間とかだと甲斐の「い」だけ高くて「か」と「いわま」は低くなる。自分で口にしてるけど法則性がわかるようでわからない。
わたしはボタンは一回押す派なんだけど多数派という認識がない。ので、はてなハイクでどっち派ってあったけど、あなたはボタンがあったらという設問で
・一回だけ押す
・何度も押す
でアンケートをとってみたくなった。
中央線の高尾から先、ドアの開閉って押しボタン式で、ランプがついてボタンを押すと開閉する。その旨の説明もあるんだけど、ランプがつく前からボタンを乱打する人って確実に居て、その行為が不思議だなあ、と思っていた。
報道でボタンを押して押して押してってのをきいて、もしかしてボタンを何度も押すと加速度的になにかがはやくなると思ってるのかな?と思い至ったんだけど、どうだろ。
忙しい時期にふたたび突入していて、先日買ってあった静岡のわさび漬けを喰い尽くしてしまい、8のつく日なので退勤後に寄ったヨーカドーにあるかなと思ったが見つけることが出来ず、ああもっとたくさん買っておけばよかった…などとさっき後悔してたんだけど、もしかしてこれ、禁断症状だろうか。
こうなってくるとわさび漬けって薬物といっても過言ではない気が(過言です)
浜松餃子で、中のあんは野菜はキャベツとニラ、それにおそらく豚ひき肉。小さめに包んであって、それはもしかしたら火の通りをはやくするためなのかなあ、と。あと真ん中にあるのは茹でもやしです。
ギョ-ザイェ-
いまのところぜんぜんダイジョウブなのだけど、勤務先のそばのドラッグストアの割引きのクーポンでそろそろ来るかもしれないと考えて花粉症薬を買った。水道管が凍るような寒さも困るけど、花粉が飛ぶ春はもうちょっとあとでもいいかな…
今朝、寒かったけど水道管は凍結せずに済みました。ご心配をおかけしました。どうしてかはわかんないけど、北側に置いてある給湯器が動いたのはありがたかった。
人は外部からの情報をさまざまな理屈を使って意味として脳内で整理すると同時にイメージが感情が生み出し理屈ではない感覚として受け入れることも行う。
で、今回の選挙は最初に断定を含む「強い経済」を持ち出してそれを深掘りせず繰り返し繰り返し述べることでどちらかというと受け取る側に理屈で考える隙を与えず、くわえて、「強い」という言葉からくる(弱くてはよくないという)イメージが聞いている側の感情を揺さぶっていたのではないかな、と。道義的にどうかとは思うものの合法で、考えることをさせなかったという点でおそらく歴史に残るはず。
野球と政治に詳しくないのでぼろが出る前にこのへんで。
雪はやんだけど寒いです。なお朝方に投票所で出口調査に協力しましたがついうかうかと真面目なことを考えてしまってて正面から出ましたとかボケそこねました。現場からは以上です。
あらかじめヤカンとかに水をためておけば飲用とかはダイジョウブだけど、水がダメだと給湯器もたぶん使い物にならないはずで、洗顔は温水がないとキツいかも。確実に目はさめるかもしれないけど。
多摩でもいま住んでいるあたりは雪はそれほど積もりそうにないのだけど、気象協会の予報だと二日連続で最低気温がマイナス6度で、未体験ゾーンなのでちょっと怖い。なおマイナス5度で水道管が凍結した実績があるので予報が外れてくれると嬉しいんだけどな…
お茶ついでにくだらないことを。
色は静岡香りは宇治よ味は狭山でとどめ刺す、っていう歌詞の俗謡があるんだけど、さすがに静岡でうたったことはない。でもっておとなになった今、ケンカ売ってる歌詞のようなこの歌詞をどうしてつくったのか、若干気になる。
わたしは青い銀行の民で、いままで不安に思ったことが皆無ではないものの、今回の件で信用度がちょっとあがった。この先も青い銀行を使い続ける腹積もり。