『ホームページ』、タグ付けしやすいカテゴライズマシマシで『新興宗教3世信者が性転換した末に地方に希望を見出した全軌跡』みたいな書名にしたらもっと景気よく売れていくんだろうな、とは思う。思うが、どんなに売れたくても絶対にそうしなかっただろうな、わたしも関口さんも。
『ホームページ』、タグ付けしやすいカテゴライズマシマシで『新興宗教3世信者が性転換した末に地方に希望を見出した全軌跡』みたいな書名にしたらもっと景気よく売れていくんだろうな、とは思う。思うが、どんなに売れたくても絶対にそうしなかっただろうな、わたしも関口さんも。
『散歩の邪魔』、飽きないな
人には人の、だ
「墓守とハルマゲドン」で書いたあたりのことは、これくらいはまあ誰しも経験してるよね、程度の認識。
家庭環境や父母にされたこと、東京や金沢でのもろもろを人に話すとたまに絶句されたりもするけど、わたしはわたしの人生しか知らないから、自分が如何程壮絶なのかなんて到底わかんないよな。そうでもないという認識でいたらドン引きされたり、クソ大変だったんだぞという認識でいたらもっと大変そうな人に出会ったり。
とはいえ「どんなに苦痛でもきっと行ったほうがいい」と思い心療内科を予約したことは一回だけあって、当日に病院の入口まで行ったんだけどそこから一歩も前に進めなくなり、回れ右して帰ったのだった。
そのうえで、(いわゆる"性同一性障害"診断と施術等での)医療トラウマにより心療内科/精神科に頼るという選択肢が無い状態で、幸運にもほぼほぼ適切な回復プロセスを選択していたこともわかった。ラッキーすぎ。
今日はわたしが金沢に来る直前から数年間、重度鬱だった可能性が高いということを知った。
🏔️👀👀👀👀👀
丸テーブルに本が平置きにされている
今日12~19時スタッフ遠井在店です。
※昨日19時から今日12時のレジ売上:¥32,056
セカイ以外系。ワタシ系と書いたほうがスッキリするかもしれない。
「散歩の邪魔」っていうフレーズも発明だな。SNSもスマホも、うるさい政治的主張も、憂慮すべき異国の戦争も、とりあえずすべて「散歩の邪魔」と言ってしまうことはできる。配慮の果てにあるうっちゃり。ぎりぎりの自我。緊急事態用の脱出ポット≒散歩。"このわたし"をセカイに触れさせない。
セカイ系とポストアポカリプスの中間がいよわの『散歩の邪魔』≒セカイ以外系、なのでは。
セカイ系では"このわたし"の行動がセカイを変える。いよわ『散歩の邪魔』では「世界情勢」や「明日の運勢」や「年末まで結構近いな(という感慨もろもろ)」はすべて「散歩の邪魔」と切り捨てられる。セカイがどうとか運命がどうとかゴチャゴチャした機微なんかは"このわたし"にとって全部邪魔なのだ。
去年末のリリース時に聴けていなかったのを悔やむ。これは年末に聴きたかった……。
(以下Xに投稿したポストのコピペになるけど)すべて散歩の邪魔だ。セカイ系っていうかセカイ以外系みたいな曲。裏返ったセカイ系の曲だ。
"このわたし"がセカイの命運を決めるのではなく、セカイの命運から"このわたし"を切り離す。それって日常系と何が違うの?と言われそうだけど、日常系ではないんだよな。どう違うかはまだうまく言えない。この曲はセカイ系のその先にある、セカイ以外系なんだと思う。
[sold out!]
・たゆたい vol.1 機能不全家庭 (S'eles)
・【サイン入り】ホームページ / 仲西森奈 (本屋lighthouse)
#海と夕焼入荷 #新刊 #本屋 #読書
#市川ブックフェス 始まりました!18時まで!
こういうなんてことない/平和なエッセイは偉大だ
室生朝子『鯛の鯛』、読んでて癒される。
この慢性的な寝不足を早いことどうにかしないとだめだ
次の目標は「ショートスパンコールの続刊をちゃんと出す」か「長編の新作を書く」か。
人には人のトランジションがあるよね
書き出してみるといろいろ思い出してくるもんだ
千葉で暮らしていたころ読んだ能町みね子『オカマだけどOLやってます。』『たのしいせいてんかんツアー』と、同じころポレポレ東中野で観た『ピュ〜ぴる』が、わたしを救った。自分のことかもしれない、と思ったんだった。
千葉に/西船に住むとはそうした淫靡さと殺伐さとさみしさとを受け止め続けるということ
そうかと思えばちょっと駅から離れると交通量の多い道路と雑居ビルやテナントが充実しつつも殺伐とした風景になり、しばらく歩くと原木ICの入口に着く。そこはもう忙しなく走る車の世界で、なんというか、治安の良し悪しに関わらず空気が殺伐としてさみしかった。基本的にさみしい街だった。
西船橋はわたしにとって風俗の街でもあって、男子高校生だったころ、夕方から夜にかけて制服姿で歩いていると(制服姿にも関わらず)立ちんぼの中国人やタイ人らしき女の人が「〜〜円で一回」「どう?」みたいなことを言いながらしばらく斜め後ろや横をうろうろ付きまとわれたりした。キャバレーやマッサージ店のキャッチからも無数に声をかけられたな。そういう人たちを振り払って歩く街。
千葉に関してはなんか、わたしは"不義理"めいた感情を抱いているのかもしれない。何への、どのような不義理なのかもうちょっと自分を探っていかないと見えてこないけれど。